
ロマネスク建築の「もっと高く、もっと明るく、美しい教会を造りたい」という人々の願いは、まだ技術的な限界に阻まれていた。
しかし、その限界を次々と乗り越え、中世ヨーロッパの建築を大きく変えた建築様式が誕生する。
それがゴシック建築である。
今回は、ヨーロッパを代表する大聖堂の多くに採用されたゴシック建築について、その誕生の背景や特徴をわかりやすく解説していく。
ロマネスク建築の課題

もし時間があれば先にロマネスク建築編の記事を読んで頂きたい。
なぜなら、ロマネスク建築の課題を克服しようとした建築様式こそがゴシック建築だからである。
言い換えれば、ロマネスク先輩がたどり着けなかった境地を目指したのが、ゴシック建築家たちなのである。
いかにして重量感のない建物にするか
ロマネスク建築編でも解説したが、ロマネスク建築最大の課題は、
という二点だった。

「低い」「暗い」のロマネスク建築
これはロマネスク建築編の復習だが、ロマネスク建築家は石造天井を採用したばっかりに、その重い石造天井を支えるために壁を分厚くせざるを得なかった。
ロマネスク建築以前は木造天井が一般的だった
石って身の回りにありふれているが故に見逃されがちだが、めちゃくちゃ重い物質である。

実は石ってめちゃくちゃ重い物質なのである
わたしは土建屋で数回バイトをしたことがあるが、土に埋まっている「買い物カゴくらいの石」を露出させて土地の隅っこに移動させるのに半日以上もかかった経験がある。
その石を天井に載せるのである。
重くないはずがない。
当然、その重い天井を支えるためには、壁を厚くしなければならなかった。
なので強度的な問題で大きな窓を開けるなんてもってのほかだった。
要は、ロマネスク建築家は常に強度問題と格闘していたということである。
さて、その中でもロマネスク建築の一番の問題はヴォールト天井だった。
ヴォールト天井、覚えているだろうか?

トンネル型の天井=ボールトと呼ぶ
トンネル状になった石造天井のことである。

トンネル型の天井=ヴォールトと呼ぶ
こんな感じだ。
ヴォールト構造を採用したことにより、バカ重い石造の天井をうまく導入することに成功した。

しかしこれで「めでたしめでたし♡」とならないのが現実だった。
ヴォールト天井を採用したことによって次に起きた問題は推力をどう支えるかだった。

この場合、上に載るアーチには黒い柱を横に倒そうとする力(推力)が働く。

天井の重さに比べて柱が細いと…

折れる!
もしくは、

柱が倒れる。
ではこの横に広がろうとする力(推力)をどう支えるのか?
子どもでもわかるだろう、左右になにか重量物を置けばいいだけだ。
そしたら柱は倒れない。

ローマ建築とロマネスク建築の場合、左右の壁を厚くすることによってこの問題を解決した。

なので、どうしても分厚い壁で造られたイカツイ見た目になってしまう。

ロマネスク建築=イカツイ
当然この場合、強度的な問題で壁に大きな窓を開けることはできないし、高ければ高いほど不安定(より大きな推力が働く)なので壁を高くすることもできない。

なのでロマネスク建築完成後、次のステップとして出てきた問題は
だった。
これこそ、ロマネスク先輩からゴシック後輩に向けてのメッセージ(宿題)だったのである。
ロマネスク「ぐはぁ、おれたちの技術力ではこれが限界だ…もっと高くて明るい教会をいつか、いつかお前たちが造る、ん、、、だ(;´Д`)バタッ」
ゴシック「ロマネスクせんぱあぁぁぁい!!おれたち、きっとやってみせます!!高く明るい、もっと軽やかで優美な教会を!!!!」
ロマネスク「・・・。」
ゴシック「え、うそ…せんぱい!せんぱいあぁぁぁぁい!!」
そこで、先輩であるロマネスク建築家の遺志を継いで、次世代のゴシック建築家が苦心して編み出した(発明した)のが
- 交差リブヴォールト
- 尖頭アーチ
- フライング・バットレス(飛び梁)
の3つだったのである。
大丈夫!今はまだ、
は?(・_・;)
状態だと思うが、次の記事から丁寧に解説していくので安心して欲しい。
ゴシック建築の3つの革新

ロマネスク建築家から託された宿題は、
- もっと高く。
- もっと明るく。
- もっと美しく。
この三つであった。
しかし、願うだけで教会が高くなるなら誰も苦労しない。
そこでゴシック建築家たちが生み出したのが、これから紹介する建築史を変えた三つの大発明である。
ゴシック建築の革新
さて、今まで見てきたように、

ここまで散々述べてきたように、ロマネスク建築の課題は
だった。
その課題を克服するためにゴシック建築家たちが発明した、ロマネスク建築に見られなかった外見的特徴が以下の3つである。
- 交差リブヴォールト
- 尖頭アーチ
- フライング・バットレス
これら3つをこれから紹介していくつもりなのだが、著者はこれに関しても「教科書的ではあるが、いささか時代遅れ」と苦言を呈している。
ロマネスク建築には見られなかった革新的な表現とは何か。
交差リブヴォールト、尖頭アーチ、フライング・バットレス(後述)と記す概説書があるとすれば、その本は教科書的ではあるが、いささか時代後れというべきだろう。これらの要素は、たしかにゴシック建築の外見的特徴かもしれないが、革新の本質ではない。
(中略)
革新の本質は、壁のあらゆる部分が、シャフトや小円柱や刳形などの丸くて細長い棒状の要素(線状要素という)によって分割され、あるいは縁取られている点にある。
つまり、ゴシック建築の見分け方を知って「お、尖塔アーチがあるからゴシック建築か」などと、建築様式だけを見分けられても「だからなに?」という感想しか出てこない。
あなた「へー、あの教会はゴシック建築だな(ボソッ+ドヤァ」
友達A「え、すげぇ、わかるんだ!?ゴシック建築って何がスゴイの?」
友達B「ゴシックって他の建築様式とはどう違うの?」
友達C「なんでアーチが尖ってんの?」
友達D「天井に付いてるやつは飾り?」
あなた「いや、うん。まあ、、、色んな理由があってさ、ね?」←結局なにもわかってない
きっとこうなる。重要なのは、
- ロマネスク建築からゴシック建築へはどういう技術革新があり
- どういう表現に主眼を置き
- どういう過程でそうなったか
を知ることである。
上記の3つの特徴はあくまで結果であり、発明に至る過程を知ることがより重要なのである。
その中で、著者が挙げている革新の本質は
の二つである。
ロマネスク建築が部分と部分の組み合わせで構成されているのに対し、ゴシック建築は全体的に統一されているのが特徴と言えるだろう。
では
- 交差リブヴォールト
- 尖頭アーチ
- フライング・バットレス
のそれぞれの機能を見ていこう。
壁で支える方式を捨てて、骨組みで支える方式を得たことがゴシック建築完成の大きなポイントになる。
交差リヴヴォールト
交差リブヴォールトは、交差ヴォールトの稜線上にリブを取り付けて補強したもので、ゴシック建築時代に発明された。
まずはロマネスク時代のヴォールトを見てみよう。

ロマネスク時代の交差ヴォールトにはリブが無いので、石造天井の重さを支えるのは両側の壁と太い柱(ピア)になる。


当たり前の話だ。
天井を高くしたければ、それに比例して柱や壁の厚みも太くしていかなければならない。

ローマ建築編で紹介したこれ。

また、先程の写真の天井の黄色い点線の✕になっている部分に重さが集中するので、ここを補強する必要もあった。
ここまでがロマネスク建築の限界だった。
ロマネスク先輩「ぐっ、これがおれらの限界か…次に続く者たちよ、石造天井の補強方法をなんとしても発明する…のじゃ…バタン」
ゴシック後輩「石造天井の補強方法…補強方法…補強、補強…」
そうしてゴシック時代に発明された交差リヴヴォールトがこちら。

リブとは「肋骨」を意味する英語だが、このリブを取り付けた交差ヴォールトを交差リヴヴォールトと呼ぶ。

この写真の天井を見て欲しい。
「このリブがなんで天井を補強できるの?」と思っただろう?
うむ、少なくとも初見のわたしは「で、なに?」と冷ややかな目でリブ・ヴォールトを眺めていた。
しかし、やはりコイツは只者ではなかった。
石造天井にリブを取り付けると、リブが繋がっている柱で重さをもたせることができるので、そのぶん壁を薄くすることができたのである。

サラっと非常に重要なことを言ったので、もう一度言っておく。
柱さえ頑丈なら壁は薄くてもいい、とつまりそういうことなのである。
極端な話、柱さえ頑丈なら壁なんて無くてもいいのだ。

壁で天井の重さを受けるのではなく、リブが繋がっている柱で重さを受けるようにしたのである。
尖頭アーチ
交差リブヴォールトによって天井の強度を上げることには成功した。
しかしその柱にアーチを付けようと思うと、重さがアーチの柱にかかって(推力によって)再び倒壊する可能性があった、だよな?
早い話が、こーゆーことだ。

柱が細いと、天井の重さに負けて柱が折れるかもしれない。

もしくはそのまま柱が横に押し倒されるかもしれない。

この問題を解決したのが尖頭アーチである。
「せんとうアーチ」と読み、頂部が尖っているアーチを指す。

さあイメージして欲しい。

普通のアーチだと上から力がかかると推力(柱を横に押し倒そうとする力)が増すので倒壊の危険性があル。
(先ほどの図の通り)
しかし尖頭アーチにすると、推力が弱くなり上からの力がそのまま黒い柱の足元にかかってくる。

大地なら別に10トンの重さがかかってもびくともしない。
なので、柱さえ頑丈なら天井を高くしても壁に大きな窓を開けても大丈夫!
つまり、徐々に壁の重要性が無くなってきているのがお分かりになるだろう。
フライング・バットレス(飛び梁)
そしてゴシック建築の最も重要な革新がこのフライング・バットレスである。

フライング・バットレスと聞いて、わたしは最初プロレスの技かなにかかと思った。
通常、塔が高くなればなるほど推力は増し、建築物として不安定になっていく。
これはわかる。

しかし塔を高くしても柱を横から支えるものがあれば安定する。
これもわかる。

それがフライング・バットレス(別名「飛び梁」)なのである。

フライング・バットレスは、ヴォールトの横圧を受け止めそれを控え壁へと流している。

矢印は力の流れ
このフライング・バットレスの発明により、身廊壁(←教会内部のお話)は荷重支持機能から解放され、薄くて高い、しかも大きな開口部のある身廊壁が可能となった。
教会堂の外周部には、ピナクルと呼ばれる小尖塔をいただいた控え壁が、フライング・バットレスを受けるために林立している。

あたかも針葉樹の森のような外観だが、これは内部空間を実現するために、構造の仕組みを全て建物の外部に露出させた結果なのである。

外からの見た目はイカツ過ぎる!!!!!!
ロマネスク建築編でも書いたが、基本的に教会の装飾で大事なのは信者がお祈りをする『内部』だ。
お祈りに来た信徒たちが「なんだここ、スゲェ。」と溜め息を吐くような内部にすればよく、極端なことを言うと外観などどうでも良い。
よって、内部の不安定さを全て外部のフライング・バットレスで受けているので、外から見たらあまり軽やかには見えない。
むしろ、「軽やか」とは正反対で「ゴリッゴリにサイボーグされている」ともとれる外観である。
だがそれでいい。




内部はこんなにも軽やかで優美に見えるのだから。
なので外部はゴリッゴリにサイボーグされててもOK。
ということで、
- 交差リブヴォールト
- 尖頭アーチ
- フライング・バットレス
について紹介したが、最後にもう一度ここまでの内容を簡単にまとめてから次にいこう。
- 交差リブヴォールト → 天井の強度を上げると同時に屋根の重量を柱に受け流す。
- 尖頭アーチ → アーチにかかる荷重を柱の足元に受け流し、柱が横に倒れる力(推力)を弱くする。
- フライング・バットレス → 屋根や天井の重さが生み出す柱の推力を教会外部でガッチリ受け止める。
もう少しバカみたいな説明にすると、つまり
- 石造天井は重すぎる
- 木造天井で運用するしかない(=初期キリスト教建築)
- でも石造天井にしたい
- 柱や壁を分厚くして受け止める(=ロマネスク建築)
- ゴシック建築家たちが知恵を絞りに絞る
- まず交差リブヴォールトと尖頭アーチの発明で石造天井の重さを柱に一極集中させる
- 壁は荷重から解放されたので大きな窓を開けることができた(=ゴシック建築の革命)
- しかしそのぶん柱にかかる荷重が激増し、柱の強度UPと推力対策が必須になった
- 内部の荷重はフライング・バットレスが外からガッシリ受け止める
- 外はゴリゴリサイボーグだが、中は軽やかにできる
- 堂内は荘厳で全員感動
てな感じだ。
わかりやすく図にするとこうなる。

これらの技術革新によりゴシック建築では壁を極限まで薄くできたのである。
ゴシック建築の無重量性

石造建築と聞けば、ずっしりと重く、圧迫感のある空間を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、ゴシック建築の内部はまるで重力を忘れたかのように軽やかである。
その秘密は、壁を細い柱やリブなどの線状要素へと置き換え、重さを巧みに隠したことにある。もっとも、石造天井そのものが軽くなったわけではない。
その莫大な重量は、見えないところで外側のフライング・バットレスたちが、今日もブラック企業ばりに全力で支え続けているのである。
線状要素と重量感の排除
本当に大事なことなので何度でも言おう。
「君と俺とでは価値基準が違う」
ん、いや違う。これは鬼滅の煉獄さんの名言だった。
わたしが言おうとしていたのはこっち。
ゴシック建築は、ロマネスク建築の欠点である「低い、重い、暗い」をなんとか克服することに心血を注いだ。
前述したが、ゴシック建築の革新の本質は線状要素と重量感の排除である。
線状要素とは「シャフトや小円柱などの丸くて細長い棒状の要素」のことで後で詳しく解説するが、要するに「角ばったところを減らした」ということだ。
今はこの二つだけ覚えておいてくれ。
- ゴシック建築は線状要素で溢れている
- 線状要素は重量感を排除する
とにかく「線状要素を多くすればするほど内部はスリムに見える」ってことなのだが。

「使えば使うほど内部を軽やかにできる技術」
そんな魔法のような詐欺のような技術が線状要素で、ゴシック建築はロマネスク建築と違って線状要素で溢れている。

ではこれから詳しく解説していこう。
ゴシック建築で用いられた、重量感を排除するための方法の一つに「エッジの排除」がある。
エッジの排除

ゴシック建築では、ロマネスク建築のように壁をくり抜き、窪ませ、盛り上げたときにできる直角のエッジがみられない。
ここで言う直角のエッジとは「角ばった所」という意味だ。
実際の写真で解説する前に、先にこちらの例を見て頂こう。

これらはどちらも同じ直径(一辺)を持つようにChatGPTに指示して生成した画像だが、どちらの方が圧迫感があるだろうか。
うむ、当然右のコンクリの壁だろう。
(異論は認めない)
それはなぜか。
コンクリの方は角ばっている(エッジが残っている)からだ。
つまり、「エッジ=ゴツく見える」という等式が成り立つ。逆に言えば、「エッジを失くす=ゴツく見えない」という等式も成り立つ(はずだ。詳しくは数学の先生にでも訊いてくれ)。
ここまでの内容を理解できたら次に進んでくれ。
ロマネスク建築の直角のエッジがこちら。

エッジは、その背後に連なる壁体の体積を、したがって重量を暗示させるがゆえにゴシック建築では徹底的に排除された。

エッジは重量感を暗示させる!!
では直角のエッジを排除したゴシック建築を見てもらおう。

どうだろうか?明らかにロマネスク建築よりも軽やかで優雅な内部に見えるだろう。
それは先ほども紹介した直角のエッジが無いからである。

ゴシック建築ではエッジは線状要素によって隠されているか排除されている。

先ほど言っていた「線状要素=シャフトや小円柱などの丸くて細長い棒状の要素」とは、まさにこれのことである。

ここで注目すべきことは、「ゴシック建築の方が軽やかに見えるのに、実際はゴシック建築の方がはるかに重量がある」ということだ。
人間で例えるなら、オーダースーツでスラッと見せているが、実際は120kgのラガーマンである。ゴシック建築も同じで、見た目は軽やかだが、その実態はロマネスク建築以上の超重量級なのである。

今ならわかるのではないだろうか。

エッジがないこと(=線状要素)が軽やかさに繋がっていることを。
線状要素の太さ=壁の厚さ?
(ここまでしつこく説明してきたのである程度理解はされていると思うが)ゴシック建築で用いられた線状要素は重量感の排除にとても役立っている。
なぜなら、ロマネスク建築ではくり抜かれた開口部に、壁の厚さが素直に表れるが、ゴシック建築では壁の厚さもまた、線状要素によってたくみに隠されているからである。

壁の厚みが丸わかりである。
簡単なので実例を挙げながら説明していこう。

こちらのゴシック建築例で説明する。
もう読者の目には無数の線状要素がハイライトされて見えていると思うが、今回は特に
- ピア
- シャフト
- 小円柱
- トレーサリー
の4つを抽出した。

ピア
ローマ建築編でも出てきた、ピア。
覚えているだろうか。
ピアとはアーチを支えている柱を指す。

普通ピアは角ばっている、つまりエッジがあるのでかなり重量感があるはずなのだが。
ゴシック建築のピアを見て頂きたい。

ゴシック建築ではピアも丸っこくてスリム(に見えるように工夫されている)、これも線状要素である。
シャフト
シャフトとは、壁沿いに上部まで伸びる柱のこと。

この可愛らしいシャフトも線状要素である。
この丸いシャフトは建物の補強には全く寄与しないが、とにかく軽やかに見える演出として配置されている。
小円柱
小円柱とはトリフォリウムに上下に走る円柱を指す。

この小円柱も同様に、建物の補強には全く寄与しないが、少なくとも軽やかな線状要素である。
トレーサリー
トレーサリーとは、窓面(クリヤストリー)を細分割する装飾的な部材である。

ちなみにGoogleで「トレーサリー」と画像検索したらこんな写真が出てくる。

まあトレーサリーとはこういうものを指す。
ただ単に「クリヤストリーどーん!」ではなく、あえてトレーサリーとしてクリヤストリーを細分化することにより、さらに軽やかさが演出されてる気がする。
これも全て線状要素である。
さて、我々の眼は開口部を縁取り分割する線状要素の太さを壁の厚さとして捉える傾向にある。
つまり、存在感のあるピアやシャフト、小円柱にトレーサリーを『壁の厚さを代表するもの』として受け止める、ということだ。



もちろん、ガチで柱の太さに注目すれば、いくら線状要素で隠されていても「この柱ぶっといな〜」とは思うのだが、普通に見ただけではどう見ても軽やかで荘厳で壮麗に見える。
その「見える」が大事。
このようにゴシック建築の身廊壁は線状要素によって編まれた格子状の壁と化しているのだ。

これらの線状要素は、重量を支えるには細すぎる外見しかもたないので線状要素の細さに見合った軽さ(重量のなさ)を感じさせる。
実際に天井を支えている柱はトンデモなく太いのだが、線状要素を多用することで目を欺いて「あんなか細い柱でこの教会の天井を支えてるんだ~」感を演出しているのである。

また、実際には荷重をほとんど支持していないが、(目を欺くために)力の流れの正しい道筋とみえる位置にだけ線状要素が付けられている。
ゴシック建築の凄さはこういった「いかに軽く見せるか」を追求したところだとわたしは思う。
また一点忘れてはいけないのが、内部は超軽やかで優美に仕上げているが、一歩外に出ると外観はフライング・バットレスちゃんでゴリゴリにサイボーグされていることだ。

ゴリッゴリのサイボーグである。

しかしそれでいいのだ。(バカボンの口癖みたいになってしまったが)
教会で重要なのは信徒が典礼(=ミサ)を行う内部なのだから。
この「重要なのは内部」という考えは、初期キリスト教建築時代からの一大テーマなのである。
では次に、ゴシック建築の展開についてお話ししていこう。
ゴシック建築の展開

「石造建築を、軽やかに見せる」という革命は、瞬く間にヨーロッパを席巻した。
ラーメン二郎と同じように、一度ヒットしたものは各地に「○○系」を生み出す。
ゴシック建築も例外ではなく、フランスで生まれた革新的な建築様式はヨーロッパ中へ広まり、「もっと高く」「もっと明るく」「もっと美しく」と競い合うようにそれぞれの地域で独自の進化を遂げていったのである。
リヴヴォールトの展開
ゴシック建築は、13世紀の初期に様式上の頂点に達した後、イール・ド・フランス(フランス中心部)からフランス各地に、さらにヨーロッパ全土に広まり、その地の伝統と結びついて多様な展開を遂げていった。
こうしてゴシック建築は壁といわず天井といわず、全体を覆いつくす線状要素の、織物状の装飾パターンのなかに解体していったのである。
と参考書には難しいことが書いてあったが、詳しく説明が載っていないのでわたしもよくわかっていない。
たぶんだが、各地のゴシック建築は織物状の複雑なパターンの線状要素を独自に究めていき、そうして気付いたらゴシックの時代が終わっていた。
ということだろう、知らんけど。
とりあえず、装飾的なヴォールトを発展させたのは主にイギリスだったようだ。
ファン・ヴォールト
扇状の装飾的なヴォールトをファン・ヴォールトと呼ぶらしい。

ファン・ヴォールト
これ、実際に見たらすごいのだろう。

これも、おそらく、ファン・ヴォールトに入る…のか?
よくわからん。

こちらに関しても、よくわからない。

まずはファン・ヴォールトの定義を教えてくれ。
ネット・ヴォールト
網目状になっている装飾的なヴォールトをネット・ヴォールトと呼ぶ、らしい。


たぶん、である。
たぶん。
ヴォールトの種類が多過ぎてどれが何ヴォールトなのか、わたしもよくわかっていない。
スター・ヴォールト


これも星の形をしているのでスター・ヴォールトと呼ばれていると思うのだが、どの種類に入れるかはあまり自信が無い。
さっき紹介したファン・ヴォールトの中にもスター・ヴォールトが入っていた気すらしている。
ここに関してはかなり曖昧だ、話半分で聞いといてくれ。
アーチの展開
ヴォールトのみならず、参考書には以下のように数種類のアーチも同様に紹介されていた。

この中でも特に、後期ゴシックにはオジー・アーチと呼ばれる玉ねぎ形のアーチが現れ、それが華麗で流動的な曲線に発展していったようだ。
オジー・アーチ
オジー・アーチとはこんな感じのアーチを指す。


そう、タマネギ形のこと。

オジーアーチはイギリスに限らず後期ゴシックの特徴的な形態となったようだ。
三葉形アーチ
三葉形アーチとはこんなやつ。


確かに三つ葉を組み合わせたデザインとなっている。
隠れミッキー的な感じで四つ葉があるかも探してみたら?と書きそうになったが、ん?よく見たら四つ葉も普通にある。
フランボワイヤン式
フランスでは特にS字形を組み合わせた火炎状のパターンが大流行した。

この形をフランボワイヤン式と呼ぶ。
かなり情熱的な感じでわたしも大好きなデザインだ。
っと、まあこんな感じでゴシック建築が完成してから一段落すると「ヴォールト」や「アーチ」は様々な形状に発展していったのだった。
フランス・ゴシック建築の一貫性

ゴシック建築はヨーロッパ各地へ広まると、「もっと高く」「もっと派手に」と、それぞれの国で独自の進化を遂げていった。
しかし、発祥の地フランスだけは少し違った。
ラーメンでいえば、全国に「○○系」が誕生する一方、本家の店は狭く汚い店内で創業当時の味を守り続けるようなものである。
フランス・ゴシック建築も同じで、基本となるデザイン思想が大きくぶれることはなく、誕生から完成期まで一本の筋が通ったような発展を遂げたのである。
本章ではその「フランス・ゴシックらしさ」とも言える一貫性に注目してみよう。
ゴシック建築が複雑な理由
参考書にはこう書かれている。
ゴシック建築は、他の建築様式に比べるとかなり不明瞭な枠組みであると言わざるを得ず、特に後期ゴシックは各地のそれまでの建築様式と複雑に絡み合いながら発展した。
難しい。
これをわたしなりに『バカでもわかるような文章』に変換するとこうなる。
カレーはインドで生まれたが、日本へ来るとカツカレーになり、タイへ行けばグリーンカレーになる。どれもカレーだが、同じ料理とは思えないほど違う。

つまり、ゴシック建築はフランスで生まれたが、ヨーロッパ中で”ご当地ゴシック”へと進化していったのである。
なので包括的に、「これがあるからドイツのゴシック様式だ!」というように断言することは不可能ということだ。
なぜならゴシック建築はおよそ250年に渡って発展し変化し続けたからである。
もっと言えば、イギリスなどの国ごとではなく、「イギリスのこの地方にはこのゴシック様式が多い、あっちの地方はまた別のゴシック様式」みたいな感じで、完全にご当地ゴシックになっている。
それを踏まえた上で一応(あくまでそういう傾向があるという前提で)各国のゴシック建築の特徴を記していこう。
フランス&ドイツ

参考書曰く、西正面に双塔を立てるのがフランス&ドイツゴシックの特徴らしい。
たとえばドイツのケルン大聖堂。

Google mapsで見てみると確かに西正面に双塔が立っている。
まあこれはわかりやすい。
イギリス&イタリア
参考書曰く、イギリス&イタリアは西正面に双塔を立てず、シンプルにまとめることが多いんだと。

ミラノ大聖堂
これがシンプル…?
シンプルの定義を教えてくれ\(゜ロ\)(/ロ゜)/
まあ、「西正面に双塔を立てない=シンプル」と著者は考えているようだ。
イギリス&ドイツ
参考書曰く、イギリス&ドイツは複雑なパターンをもつリブヴォールトを発達させたらしい。


美しいリヴ・ヴォールトである。
これもわかりやすい!
フランス・ゴシックの一貫性
というように、各国で一応の傾向はあるものの明確に区分することはできない。
しかし、フランスの中心地パリにおいてのみ、初期から後期に至るゴシック建築の一貫した発展の状況を確認することができるので、最後にそれを紹介する。
初期ゴシック『サン・ドニ大聖堂』
下の写真をじっくり眺めてから読み進めて欲しい。

パリの近郊に位置するサン・ドニ修道院(現在は大聖堂に昇格)は、フランス王家の庇護を受ける由緒正しい修道院で、院長のシュジェールは「最初のゴシックを生み出した」とされており、建築史上特に重要な人物とされている。
写真を見て「お、ちょっとロマネスクっぽいな」と思った方、ナイスだ。
確かにアーチは尖頭アーチではなく半円アーチで、窓も小さい。

厳密に言うと「ロマネスクの面影を色濃く残している」って感じだろう。
しかし一たび堂内に入ると、そこはもうロマネスクとは全く異なる世界が広がっている。

リヴ・ヴォールトの天井と線状要素、そして壁面に敷き詰められたステンドグラス、尖頭アーチのトリフォリウムなど完全にゴシック様式である。
ステンドグラスは文字が読めない人のために、聖書の内容を「絵で」わかるように作られた。
外観はロマネスク、内観はゴシック
このからくりを説明しよう。
サンドニ大聖堂(当時は修道院)自体は、五世紀に創建されている。
しかしシュジェールによって内部(内陣)のみ再建され、1144年に完成したのがこのゴシック様式なのである。
尖頭アーチもリブ・ヴォールトも小規模ながら周辺各地域でひっそりと用いられていたのを、シュジェールが思い切って全てまとめて採用したのでこのサン・ドニ大聖堂が初期ゴシックと呼ばれている。
盛期ゴシック『アミアン大聖堂』

1220年に創建されたアミアン大聖堂は、最も完成されたゴシック建築と呼ばれている。
先程のサン・ドニ大聖堂と比べて、建物外観の装飾も多く線状要素も多用されている。

アミアン大聖堂のペーパークラフト
がっつりフライング・バットレスも確認できる。
そして中に入ると、

ロマネスク建築とは程遠い内観。

リヴ・ヴォールトと尖頭アーチの連続

まさにTHE GOTHICという感じだ。
盛期ゴシックでは高さよりも軽さを追求した。
ロマネスクよりは高くても後期ゴシックよりは低め、とにかく全体の無重量感を極限まで追求したのである。
後期ゴシック『ストラスブール大聖堂』

ストラスブール大聖堂は1176年の着工から資金不足などを経て1439年にようやく完成した。
初めはロマネスク様式で建設していたところに、ゴシック様式を身につけた職人の一団が訪れ、急遽ゴシック建築が導入されたらしい。

なので職人到着より先に造られていた内陣はロマネスク様式が色濃く残っているようだ。
わたしもストラスブールには行ったことがあるのだが、当時は西洋建築なんて興味ゼロだったので一瞥もせずに次の街へ行ってしまった。
後期ゴシックでは線状要素は当たり前、軽く見せる技術は完成したから次は軽く見せながら高さを追求していったのである。

ストラスブール大聖堂は1647年から1874年まで世界一高い建物だったようだ。
その高さ、なんと142m!!

この高さにもなれば、外側は勿論フライング・バットレスで支えられている。
堂内はと言うと、

これだけでは正直、後期ゴシックかはわからない。
後期ゴシックでは、もはや外観の構造的な改革には興味を示さず、末端の装飾部分に関心が向かっていった。
一般的にフランス後期ゴシックの特徴として、フランボワイヤン式のトレーサリーが挙げられる。
さっきも紹介したが、フランボワイヤン式とはいわゆる「火焔式」と呼ばれる、炎がボワっとしている感じのトレーサリーのこと。

見て欲しい、この炎が燃え盛るような装飾を。
基本的にフランスの後期ゴシックは、装飾がめちゃくちゃ複雑だ。

ゴシック建築を見て周ったらとても楽しいフランス旅行になるのではないだろうか。
おわりに
ということで、ゴシック建築はこれにて終了である。
……もう十分勉強したし、そろそろヨーロッパへ飛び立ってもいいだろうか。
いや、残念ながらまだである。
次はいよいよ古典系建築の代表格、「ルネサンス建築」に入る。
これまで見てきたロマネスク建築やゴシック建築は、ゲルマン世界の中で育まれた中世の建築様式であった。一方、ルネサンス建築は「もう一度、古代ローマ建築を学び直そう」という発想から始まる。
つまり、建築界で巻き起こる『ローマ、やっぱりすごくない?』ブームである。
過去の偉大なローマ建築を手本として始まったルネサンス建築とは、一体どのような建築様式だったのだろうか。


