「ギリシャ建築」と聞くと、白い神殿と大量の柱を思い浮かべる人が多いだろう。

しかし、よく見れば見るほど疑問が湧いてくる。
なぜこんなに柱が多いのか。
そして、なぜどれも似たような形なのか。
実はこの「柱だらけの建築」には、古代ギリシャ人が本気で追求した美のルールが詰まっている。
柱の太さ、間隔、装飾、そして建物全体のバランスまで、すべてが驚くほど計算されているのだ。
本記事では、ギリシャ建築の基本から、有名な3つのオーダー、そして建築史的に見た意味までをわかりやすく解説する。
ギリシャ建築の概要と美の概念

ギリシャ建築の最大のテーマは、数学的にバランスの取れた神殿を建てることである。
なぜそこまで数学にこだわるのか。
理由は単純で、古代ギリシャの哲学者ピタゴラス が「万物の根源は数である」と言い切ってしまったからである。
つまりギリシャ人は、
「この世は数学でできている → 美しさも数学で決まる」
という、なかなかストイックな世界観で建築を創っていたのである。
この前提を知ってからギリシャ建築を見ると、「あ、この柱の間隔…たぶんめちゃくちゃ計算されているな」と、ちょっと変な楽しみ方ができるようになる(知らんけど)。
ギリシャ建築の概要

まずギリシャ建築の基本から説明しよう。
ギリシャ建築は、ギリシャ人が紀元前7世紀ごろに発展させ始め、神殿を中心とした単純な構造の中に完璧な調和の美を実現した建築様式である。
その特徴は、「単純な構造の中に完璧な調和の美を実現すること」
……と、教科書にはサラッと書いてあるが、よく考えるとめちゃくちゃ難しそうだ。
単純な構造で完璧な美を作る。
つまり、
という、建築家にとっては地獄のような案件でもある。
先述したように、古代の哲学者ピタゴラスは、万物は数の関係にしたがって成り立つ調和ある存在とし、古典系建築に共通するもっとも基本的な美の概念が「調和」なのである。

「古典系建築」というジャンルについては後々解説していくが、興味のある方はこちらの説明を読んで頂きたい。
「古典系建築」とは、紀元前7世紀に発展したギリシア建築や紀元前後に発展したローマ建築のような「昔の建築様式」。
以降イタリアのルネサンス期に「あの素晴らしい建築様式をもう一度」として復活したルネサンス建築やバロック建築もギリシア建築やローマ建築の流れを受け継いでいる。
ギリシャ建築の基本的な概念は『調和』
ではさっきから繰り返し言及している調和とは何か、簡単に説明する。
この時代、ギリシャ人は特に「比例」などの「数学的なバランスの良さ」を重視した。
極端な話、
「建物が美しく見えないのは数学的に調和していないからだ」
ということだ。
百聞は一見に如かず、まずはこちらを見てくれ。

もしくはこちら。

非常に不格好ではないだろうか?
ピタゴラス曰く、これらが美しく見えないのは数学的に調和していないからなのだそう。
そう考えたら「美しく見えるように」という注文自体が漠然としすぎてて、鬼難易度案件なのである。
ピタゴラス、なかなか容赦がない。
例えば、柱の間隔が微妙にズレていたり、高さのバランスが悪かったりすると、人間はなんとなく
「うーん…なんかダサい」
と感じてしまう。理由はよく分からないが、とにかくダサい。
しかしピタゴラスに言わせれば理由は明確であった。さっきから何度も言っているように、「数学的に調和していないから」である。
ここで「それってあなたの感想ですよね?」とピタゴラスに言おうものなら、おそらくピタゴラス教団の信者に処刑されていただろう(知らんけど)。
ピタゴラスは古代人にもかかわらず身長180cmのガチムチ体型だったらしい。
こうして古代ギリシャ人は、
などを、恐ろしいほど細かく計算して決めていくことになる。
結果として生まれたのが、あの異様なまでに整った神殿建築なのである。
古代ギリシャ人、美に対してガチすぎる。
古典系建築と中世系建築

ギリシア、ローマ、ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、バロックなどの西洋建築は、実は大きく以下の2種類に分けることができる。
- 古典系建築
- 中世系建築
そして、その2つを見分ける最大のヒントが「オーダー」である。
この知識を覚えておくと、ヨーロッパ旅行中に建物を見ながら「これは古典系建築ですね」などとそれっぽいことを言えるようになるので、友達にドヤれる可能性が上がる。
もちろん「え、おもしろそう。もっと詳しく教えて!」と言われればゲームオーバーなので、これからしっかりと勉強して欲しい。
古典系建築と中世系建築
西洋建築史でよく出てくる、
- ギリシア建築
- ローマ建築
- ロマネスク建築
- ゴシック建築
- ルネサンス建築
- バロック建築
などは、大きく分けると次の2グループに整理できる。
しつこいが、重要なので繰り返す。
- 古典系建築
- 中世系建築
である。
「いや、だからその2つは何が違うのよ?」
結論から言うと、かなり単純だ。
円柱(オーダー)があれば古典系建築。
円柱(オーダー)が無ければ中世系建築。
である。
ただ、この分け方も西洋建築ガチ勢からはボコボコにされるかもしれない。
が、読者(素人)はとりあえずそう思っておいてくれ。
ここで「オーダーって何?」となるのが普通なので、もう少しだけ簡単に説明しよう。
オーダーとは、柱の上に梁が載っている構造のことだ。

柱の上に梁が載っている、この構造をオーダーと呼んでいる
そして、古典系建築の代表はギリシア建築で、中世系建築の代表はロマネスク建築である。
下の画像を、円柱(オーダー)の有無に注目してじっくり見て欲しい。

ギリシャ建築っぽいグループ → 古典系
ロマネスク建築っぽいグループ → 中世系
このように、オーダー(円柱)があるかないかという、わりと雑な括り方ができる。
西洋建築史の分類は、たまにこういう大雑把なまとめ方をする。
しかし意外とこれで理解できたりするのでなかなか侮れない。
オーダーの重要性
オーダーの有無は古典系建築と中世建築を区別する最も特徴的な要素である。
ということで、古典系建築と中世系建築を外観だけでも、ひとまず比較してみた。
古典系建築で注目するのはズバリ、円柱(オーダー)である。

全ての建物に丸い円柱が使われているのがわかるだろうか。
これらは全てギリシア建築の「柱」に由来している。
厳密に言えば古代エジプト建築に由来しているのだが…
ギリシア建築に由来している、(他にも古典系の特徴はいくつもあるが)だから「古典系」と呼ばれている。
一方で中世系建築で注目するのはズバリ、とんがった塔だ。
ロマネスク建築のみ例外で、まだ新しい建築様式を模索している途中なので中途半端な感じになっている。

中世系建築には円柱は使われておらず、「柱ー梁」という構造方式が確認できない。
こうしてみると「古典系」と「中世系」の外観の違いは明らかである。
オーダーはめちゃくちゃ重要で、中世系建築と区別されるもっとも特徴的な要素である。
当然、特徴のわかりやすい建物で比較してはいるがオーダーの有無はとても大切なのである。
今は理解できなくても、ギリシャ建築からバロック建築くらいまで勉強していけば自ずとわかるようになるので心配しなくても大丈夫だ。
ギリシア建築とゴシック建築

参考書『西洋建築の歴史』には、次のように書かれている。
ギリシア建築の美は、一言でいうと、柱とその並びがつくりだす力強い立体的外観にある
まさにその通りである。
もう少し噛み砕いて説明すると、何十トンもある梁や屋根の重さを、重力に抗いながら直立の姿勢を崩さず静かに受け止めているのが柱である。

その神殿(≒柱)の姿が、同じく重力に抗って全身の筋肉を使って自分自身の肉体を持ち上げている我々人類の肉体の感覚を通して、柱に、直立し自立する自分自身の姿を見ているのだ、ということである。
つまり、人は柱に、自らが直立している姿を重ね合わせて見ているのである。
言い換えれば、人類も重力に抗って直立している。
だから同じように重力に抗って立ち続ける神殿の姿を見て、「なんか神々しいなぁ」と感じるのである。
毎朝ベッドから起き上がるだけでも重力との戦いなのだから、何千年も立ち続ける神殿には頭が上がらない。
このように、ギリシア建築は重力の存在を強く感じさせる、立体的な柱の建築なのである。
一方、中性系建築の代表格ゴシック建築については、このように書かれている。
ゴシック建築は、重力の感覚を喪失した膜のような壁の建築である
ゴシック建築はギリシャ建築とは真逆で、壁面のあらゆる部分を縁取り、細かく分割し、床から天井まで実際に重さを支えている背後の石造部分を巧みに隠している。

……わかりにくい。
だが安心してほしい。わたしも最初に読んだときは「日本語なのに理解できない」という不思議な体験をした。
つまり、ゴシック建築のテーマは「重力を感じさせないこと」であり、ギリシャ建築とは真逆なのである。
ギリシア建築が「どっしり立つ」建築なら、ゴシック建築は「浮いているように見せる」建築と言えばイメージしやすい。
このような理由から、建築史ではギリシア建築(古典系建築)とゴシック建築(中世系建築)が、対照的な代表例として比較されるのである。
ギリシャ建築の3つのオーダー

前項でも説明したが、ギリシャ建築を含む古典系建築を理解するうえで、避けては通れない超重要な概念がある。
それがオーダーである。
ギリシャ建築では、大きく分けて3つのオーダー(≒構造)が考案された。
実は銀行や市役所などにも、ギリシャ建築を模した建物は数多く存在する。
この記事を読んだあとに街を歩けば、「あ、あれオーダーじゃん」と知識を披露できる日が来る……かもしれない。
ただし、相手が建築好きでなければ「急にどうした?」という空気になる可能性もあるので、使用場所には十分注意してほしい。
オーダーとは
まずは超重要ワードである「オーダー」を説明する。

ギリシア建築、ローマ建築、ルネサンス建築などの古典系建築には、共通する構造がある。
それがオーダーと呼ばれる、床から屋根までの柱と梁を中心とした秩序ある一連のセットである↓

要するに、柱と、その上に載っている棒(梁=はり)のセットを「オーダー」と呼ぶ。
ここまで読んで疲れてきた人もいるかもしれない。
たとえこの記事をここで閉じるとしても、「オーダー」という言葉だけは持ち帰ってほしい。
西洋建築史では本当に、本当に、本当に重要だからである。
大事なので三回言った。
今後学ぶルネサンス建築やバロック建築など、古典系建築を理解するうえで、この言葉は避けては通れない。
逆に言えば、「オーダー」を知っているだけで建築史の理解度は一気に上がる。
ギリシャ建築の3つのオーダー

パルテノン神殿(筆者撮影)
西洋建築のオーダーには、基本となる5つの種類がある。
である。
この記事ではギリシャ建築が生み出した3つのオーダーについて解説するので、ローマ建築の方は無視してもらっていい。
ギリシャ建築で発展したオーダーは以下の3つ。

- ドリス式
- イオニア式
- コリント式
「3種類も覚えられる気がしない……」と思った人も安心してほしい。最初はわたしも「全部同じ柱にしか見えない病」を発症していたが、一度特徴を知ってしまえば意外と見分けられるようになる。
建築好きに「これは何式?」と聞かれたとき、ドヤ顔で答えられる日はそう遠くない……はずである。
まず、オーダーは簡単に言うと3つの部位に分かれている。
それが、
- 柱頭(ちゅうとう)
- 柱(はしら)
- 柱礎(ちゅうそ)
である。
人間で言えば、「頭」「身体」「足元」と言って良いだろう。

ではこの感覚を残したまま実際のオーダー3種類を見ていこう。
【解説】ドリス式(ドーリア式)オーダー
ドリス式(ドーリア式とも呼ばれる)はパルテノン神殿にも使われている最もシンプルなオーダー(円柱と梁のセット)で、紀元前7世紀頃にギリシア本土で発明された。
「ギリシャの神殿」と聞いて多くの人が思い浮かべる姿は、だいたいこのドリス式だと思ってよい。
かのパルテノン神殿もドリス式である。

余計な装飾を極力省いた、どっしりと力強いデザインが特徴である。
まずは円柱の頭の部分、柱頭(キャピタル)に注目してみよう。

キャピタルとは人間で言うと頭の部分を指す。

ドリス式の柱頭(キャピタル)は、エキノス(浅い鉢形)と、その上に載るアバクス(直方体の石)という、とてもシンプルな構成になっている。

「え?これだけ?」と思うくらい飾り気がない。

だが、その無骨さこそがドリス式最大の魅力なのである。

また、ドリス式は後に出てくるイオニア式やコリント式とは足元も異なる。
つまり、柱は床(スタイロベート)の上に直接立っている。

まるで裸足で地面に踏ん張っているような力強さがあり、ギリシャ建築の「重力に抗う」という思想を最もよく表している。
さらに、柱にはフルート(溝彫り)が20本刻まれている。

そして、この溝と溝の間には平らな部分(平縁)がなく、鋭い稜線でつながっているのが特徴である。

近くで見ると、エッジが立っていて非常にシャープな印象を受ける。

また、柱全体は上へ向かうにつれてわずかに細くなる「テーパー」が施されているほか、中央付近がほんの少しだけ膨らむエンタシスという視覚補正も取り入れられている。
これは、人間の目には完全な直線や均一な太さの柱が逆に不自然に見えてしまうためである。
つまり、実際には真っ直ぐではないのに、真っ直ぐに見せるための工夫なのである。
約2500年前の建築家たちが、すでに人間の視覚まで計算して設計していたと思うと驚かされる。
こうした装飾を抑えた力強いデザインは、後に紹介するイオニア式やコリント式とは対照的であり、「最も男性的なオーダー」と表現されることもある。
まずは、
この4つを覚えておけば十分である。
建築を見ながら「これはドリス式だ」と判別できるようになれば、古典建築の見方が一気に面白くなるはずだ。
【解説】イオニア式オーダー
イオニア式は、パルテノン神殿北側のエレクティオン神殿で使われており、ドリス式から半世紀ほど遅れて小アジア(現在のトルコ)で発明された。

元祖であるドリス式から半世紀ほど遅れて誕生しただけあって、ドリス式と比べてイオニア式は柱頭装飾がかなり凝っている。
イオニア式の柱頭(キャピタル)の特徴は、左右に広がる渦巻き(ヴォリュート)である。

ドリス式とは異なり、エキノスもアバクスも左右の渦巻き(ヴォリュート)に吸収され、ほとんど目立たない。
渦巻きがあればイオニア式。
まずはこれだけ覚えてしまえばよい。
試験には出ないかもしれないが、ギリシャ旅行中には意外と役立つ。
また、足元もドリス式とは異なり、下駄を履いたような構造になっている。
床(スタイロベート)の上に柱礎(ベース)、そして柱(シャフト)が載る構成である。

ドリス式にはベースが無いが、イオニア式にはベースがある。
さらに、イオニア式ではフルート(溝彫り)が24本あり、それぞれの溝の間には平縁が残されている。
つまり、溝と溝の間に平らな面があるのである。

先ほど紹介したドリス式では、この平縁がなく、溝同士が稜線でつながっていた。

また、イオニア式と次で紹介するコリント式の柱は、上へ行くに従ってわずかに細くなっていく。
とはいえ、その変化は非常に小さいため、現地で「なるほど、確かに細くなっている!」と気付くのは無理だろう。
【解説】コリント式オーダー
いよいよギリシャ建築の3つ目、最後のオーダーである。
コリント式は紀元前430年頃、柱頭だけを置き換える形でイオニア式から派生したがギリシャではあまり普及せず、その後のローマ建築で盛んに用いられるようになった。

コリント式最大の特徴は柱頭である。
地中海沿岸地方に自生する多年草アカンサスの葉をモチーフにした籠形の装飾となっており、イオニア式よりもさらに豪華で装飾的である。

ちなみにわたしはギリシャ旅行中、本物のアカンサスを探し回った。
……結果は全敗である。
「地中海沿岸に自生する」と聞いていたので、その辺に雑草のように生えているのかと思っていたが、そんなことは全くなかった。
いつかリベンジしたい。
またコリント式柱頭は、イオニア式の渦巻き(ヴォリュート)が縮小し、エキノス(浅い鉢形)の部分がアカンサスへと成長した形態と考えることもできる。

なお、足元のベース、フルート(溝彫り)、柱の細くなる形状などは、基本的にイオニア式と共通している。
3つのオーダーのまとめ
ここで、3つのオーダーを整理しておこう。
| ドリス式 | イオニア式 | コリント式 | |
| 発明された年代 | 紀元前7世紀ごろ | ドリス式から半世紀後 | 紀元前430年 |
| 柱頭の様子 (キャピタル) | 鉢と正方形 (エキノスとアバクス) | 渦巻き (ヴォリュート) | 多年草の葉 (アカンサス) |
| 柱の足元 (ベース) | 柱礎なし | 柱礎あり | 柱礎あり |
| 柱の溝彫り (フルート) | 20本 | 24本 | 24本 |
| 溝彫りの間 | 稜線 | 平縁 | 平縁 |
細かい違いは多いが、
- ドリス式=シンプル
- イオニア式=渦巻き
- コリント式=葉っぱ
この3つだけでも十分見分けられるようになる。
旅行中に柱を見かけたら、ぜひ思い出してほしい。
実は日本国内でもギリシャ式オーダーを目にする機会は意外と多くある。機会があれば地元の市役所や銀行・ローカルテレビ局などの建物を確認してみては。
以上の3つのオーダーを巧みに使って造られた代表例が、あのコロッセオである。

コロッセオは古代ローマの円形劇場であり、ギリシャ建築を模範として建設された。
よく見ると、
- 1階にドリス式
- 2階にイオニア式
- 3階にコリント式
という順番でオーダーが使われている。
つまり、コロッセオは巨大な「オーダー見本市」のような建物なのである。
ローマ建築編ではさらに詳しく解説するが、「今すぐ確認したい!」という人はこちらを参考にしてほしい。
【補足】エンタブラチュアとペディメント
さて、オーダーを覚え始めたばかりのところで恐縮なのだが、さらに知っておきたい重要ワードがある。
それがエンタブラチュアとペディメントである。
建築史は「やっと覚えた」と思った瞬間に容赦なく新しい専門用語が投入される。
エンタブラチュアとは、柱頭(キャピタル)の上に載る梁の部分を指す。

もっとわかりやすくしたのがこちら。

ここまで読んできた人なら、エンタブラチュアを支えているエキノスとアバクスも見えるはずである↓↓

さらに詳しく知りたい人は、下の図を見ながら理解を深めてほしい。

※参考書「西洋建築の歴史」P.36より引用
エンタブラチュアは、さらに3つの部分に分かれている。
……まだ分かれるのである。
わたしも初めて本書を読んだときは「もう勘弁してくれ」と思った。
順番は次の通りである。
①アーキトレーヴ(E)【梁の役割】
→頑丈な梁で、屋根の重さを支える。
②装飾帯のフリーズ(D)【アーキトレーヴの上】
→エンタブラチュアをオシャレに彩る装飾帯。
③コーニス(C)【屋根の軒にあたる】
→柱を汚れから守る軒。
ちなみにわたしは今でもフリーズ、コーニス、アーキトレーヴの順番に混乱する。

覚えようとしても、しばらくすると仲良く頭の中で席替えを始めるのである。
現物で見ると、このような構成になっている。

アバクスの上にアーキトレーヴ、その上にフリーズ、さらにその上にコーニスが載る。
屋根部分はほとんど崩れてしまっているが、本来であれば、そのさらに上に三角形のペディメントが載っている。

実はわたしも2021年12月、アテネのパルテノン神殿をこの目で見てきた。

そのときわたしの頭の中では、「ここには本来ペディメントがあったんだな」と完成した神殿の姿を勝手に脳内再生していた。
ここまでのキーワードまとめ
ここまでに登場した、ギリシア建築で特に重要なキーワードを整理しておこう。
- オーダー(柱と梁の一連のセット)
- ドリス式(キャピタルはエキノス(浅い鉢)とアバクス(正方形)で構成されている)
- イオニア式(キャピタルは渦巻き形のヴォリュート、足元にはベースがある)
- コリント式(イオニア式とほぼ一緒、キャピタルはアカンサスの葉を模してある)
- エンタブラチュア(柱の上に水平に載る石材)
- ペディメント(神殿の上によくある三角形)
ここまで来れば、ギリシア建築の基本用語はほぼ押さえられた。
難しい話が続いたが、ここからは少し視点を変えて、ギリシャ人が「比例」という考え方をどのように建築へ応用したのかを見ていこう。
オーダーと調和

さて、何度も言っているようにギリシャ建築は数学的なバランスを重視した建築である。そのため、比例という概念が建物のあらゆる場所に取り入れられている。
例えば、神殿の高さや横幅、奥行き、柱の寸法などは、非常に精密に設計されていた。
では、ここで改めて確認しよう。
ギリシャ建築のテーマは何だっただろうか。
そう、数学的なバランス、つまり「比例」である。
「万物の根源は数である」という思想にハマってしまったピタゴラスじーちゃんが幅を利かせていた時代背景もあって、「比例」こそがギリシャ建築を理解するうえで最も重要なキーワードなのである。
オーダーと調和とは?

オーダーを全体として美しく完成させるには、各部の寸法が絶妙なバランスで釣り合っている必要がある。
ここまで読んだ方なら理解して頂けると思うが、
- 柱の径と高さ
- 柱礎の幅と高さ
- 柱頭の大きさ
- それらを含めた円柱全体の高さ
- アーキトレーヴとフリーズの高さ
- コーニスの高さと出幅
- それらを含めたエンタブラチュア全体の高さ
など、実に多くの寸法が関係している。
これらが互いに調和していなければ、結果はこうなってしまう。

もしくはこう。

……何となく「ブサイク」と感じるのではないだろうか。
建築に限らず、人は不思議とバランスの悪さには敏感なのである。
だからこそギリシャ人は、細部と細部、細部と部分、部分と部分、そして部分と全体、それらすべての調和を徹底的に追求した。
モドゥルス
ギリシア人が用いた単位にモドゥルスというものがある。
柱の底部の直径(ときに半径)を1モドゥルスとして、建物各部の寸法はその整数倍あるいは分数倍として定めたのである。

めちゃくちゃ今さらだが、柱は一本岩ではなく、石柱を積み重ねて造られている。

例えば、スタイロベート(床)から柱頭までの全高は、
- ドリス式円柱の場合:4 ~ 6.5 モドゥルス
- イオニア式円柱の場合:9 モドゥルス
- コリント式円柱の場合:10 モドゥルス
を標準としていた。
このように、オーダー各部の寸法はすべてモドゥルスという単位を基準に定式化され、全体が最も美しく見えるよう設計されていたのである。
つまりギリシャ建築とは、「決められたルールに従って積み上げられた、恐ろしく型にはまった建築」とも言える。
……しかし、話はそう単純ではない。
ギリシャ建築は、その定式に従って機械的に量産されたわけではないのである。
実際、ギリシャ建築の長い歴史を通しても、まったく同じ形、まったく同じ比例を持つ作品は一つも存在しない。
彼らは決められたルールを守りながらも、「もっと美しくできないか」と試行錯誤を繰り返していたのである。
リファインメント

ギリシア人は理想的な比例を見いだすため、洗練に洗練を重ねて建築していた。
しかし、その探究は比例だけでは終わらなかった。
究極の調和を実現するために、彼らはさらに独自の方法を編み出した。
それがリファインメント(視覚的矯正)である。
例えばギリシア建築家は、スタイロベートを完全な水平にはせず、中央部分をわずかに盛り上がるように湾曲させた。
さらに、外周の列柱も完全な垂直ではなく、内側へわずかに傾斜させている。

このリファインメントは、ギリシア盛期のドリス式神殿に特に顕著に見られる。
アテネのパルテノン神殿では、
- 正面30.88mに対して約6cm
- 側面69.5mに対して約11cm
中央が盛り上がっている。また、円柱も高さ10.43mに対して約6cmだけ内側へ傾いている。
わずか数センチの違いであるが、その数センチにまで徹底してこだわるところが、ギリシャ人らしいと言える。
一般的には、「完全に水平なスタイロベートは中央が窪んで見える」「完全に垂直な円柱は外側へ倒れて見える」という錯覚を補正するため、このような調整が行われたと説明されている。
もちろん、この説明は間違いではない。
しかし、参考書『西洋建築の歴史』の著者は、
「この説明は誤りとは言えないが、もう少し深い意味があるように思われる」
と述べている。
リファインメントの意味
著者が疑問に思ったのは、
「実際に水平の一歩の線があるとして、果たしてこれが中央に窪んでいるように見えるのか?」
ということだった。
実際に一本の水平線を見てみよう。
本当に中央が窪んで見えただろうか。
少なくともわたしは、そのようには感じなかった。
(この点については、わたしも著者の考えに同意である。)
著者によれば、もし中央が窪んで感じられるのだとしたら、それは一本の線そのものが原因ではない。
エンタブラチュアやペディメントを支える巨大な円柱が生み出す重量感、つまりスタイロベートを押し下げようとする強い下向きの力を、人間が無意識に感じ取っているからではないか、というのである。
スタイロベートとは建物の基盤、つまり地面にあたる部分を指す。

つまり、
窪んで見えるかどうかにかかわらず、スタイロベートは建物の全重量をその上に載せる基盤なので、不動の強固さを持っていなければならないのは当然だが、さらにはそう「見える」ということが重要なのだ
と著者は述べている。
要するに、「水平の線は中央が窪んで見える。だから中央を盛り上げた。」という単純な話ではないということ。
そうではなく、
「スタイロベートは、大地そのもののような不動の強固さを備えているように見えなければならない。だから中央をわずかに盛り上げた。」
という考え方なのである。たった数センチの調整の裏に、ここまで深い思想を込めていた。
これこそが、比例と調和を極限まで追求したギリシャ人の美意識なのである。
オーダーと石造建築の矛盾

ここまで見てきたように、ギリシャ人は美しさに対して一切妥協しなかった。
「もっと美しく見えないか」「もっと調和させられないか」と、柱の太さから数センチの傾きに至るまで徹底的にこだわり抜いたのである。
その執念には感心するしかない。
しかし構造という視点から見ると、思わず「力技で解決してないか?」と言いたくなる部分もある。
というのも、ギリシャ建築は何十トンもの石を、基本的には柱だけで支えているからである。
もちろん実際に何千年も立ち続けているのだから失敗ではない。
だが、構造だけを見れば、もっと合理的な方法はいくらでもある。
この「美しさ」と「構造」の間にある少し無理をした関係こそが、ギリシャ建築の面白さであり、石造建築の矛盾なのである。
石造建築の矛盾

しつこいようだが、オーダーとは「水平の梁を柱が支える」という、とてもシンプルな構造方式である。
ところで、ギリシア建築やローマ建築を見て、「いや、柱、多すぎひん?」と思ったことはないだろうか。
神殿を見渡しても柱、柱、柱。

実はこれ、単なるデザインではない。
必要だから、あれだけ柱を並べているのである。
では、少し身近な例で考えてみよう。
例えば、木のベンチと石のベンチ。どちらが丈夫そうだろうか?
多くの人は「石でしょ。だって硬いし。」と思うはずである。
しかし……実は、それが落とし穴なのである。
たとえば、長い板を両端で支えただけの単純なベンチを想像して欲しい。

板が重さで下方に湾曲する(たわむ)とき、重い人が腰掛ければ、湾曲が大きくなって板が折れてしまうかもしれない。
ではこれが石のベンチならどうだろうか?
「え、石の方が丈夫でしょ?」と思ったあなた、違う。
板が下方に湾曲する際、上側には圧縮、下側には引っ張りの力が働いている。

石は圧縮には非常に強く、逆に引っ張りには非常に弱いという性質がある。
一方、木は圧縮にも引っ張りにも同程度に強いという性質がある。
しかも、石は木のおよそ6倍も重い。
つまり石のベンチは、自分自身の重さで崩壊するという危険性を潜在的に抱えているのである。

石なのに、自重で悲鳴を上げる。
何とも皮肉な話である。
では、これが神殿だったらどうだろう。
ギリシア建築やローマ建築では、梁の上に載る石材だけでも数十トンに達する。
普通に考えれば、「そんなもん、絶対に崩れるやろ」と思ってしまう。

だからこそ、神殿には驚くほど狭い間隔で柱が並べられているのである。
美しいから柱が多いのではない。

崩れないようにした結果、柱だらけになったのである。
石造建築に適した構造
ここまで見てきたように、本来、柱と梁だけで支える構造(オーダー)は石造建築にはあまり向いていない。
人間の体重程度なら問題ないが、ギリシャ神殿のように梁そのものが十トン以上あり、その上にさらに巨大な石材が積み重なるとなると話は別である。
石にとって、それはかなり過酷な労働環境だ。
では、この問題をどう解決すればよいのか。
ここで登場するのが古代ローマ人である。
彼らは石の弱点を無理やり克服しようとはしなかった。逆に、「石が得意なことだけをやらせればいいじゃないか。」と考えたのである。
石は引っ張りには弱い。
しかし、圧縮にはめっぽう強い。
ならば、石に圧縮しかかからない構造を作ればよい。
この発想から発展したのが、アーチ構造やドーム構造である。

このアーチ構造は、石の圧縮だけを利用しており、石が苦手とする「引っ張り」の力をほとんど発生させない。つまり、石に「得意な仕事だけ」をさせる、非常に合理的な構造なのである。

詳しくはローマ建築編で解説するが、
「アーチは石造建築に最も適した構造である」
という大原則は、その後の西洋建築を理解するうえでも何度も登場する重要な考え方である。
つまりローマ人は、石の弱点を克服したのではなく、石の長所だけを最大限に活かす構造を発明した。
この発想の転換こそが、ローマ建築を飛躍的に発展させた最大の理由なのである。
古代文明の底力

ここまで比例や調和について見てきた。
しかし、ギリシャ建築が本当に恐ろしいのは、美しいデザインだけではない。
「どうやってこんなものを造ったの?」という古代文明の技術力である。
現地で実物を見ると、その精度の高さに誰もが驚くはずだ。
究極の密着
あなたはギリシャ建築を実際に見たことがあるだろうか。
もし一度でも現地を訪れる機会があれば、おそらく石材の精度の高さに目を丸くすることになる。
わたしも初めて見たときは、「いや、これ本当に2500年前の技術か?」と何度も思った。
正直、人間の所業とは思えなかった。

先述したと思うが、ギリシャ建築の柱は一本物じゃなくドラム(円柱)を積み重ねている。


パルテノン神殿修復の主任建築家M・コレス博士によると、
パルテノン神殿の石材の加工精度はきわめて高く、円柱についていえばドラムの接合面は「平面から1/20mm以上の凸凹をもたず」しかも「1mmの1/100の精度」で密着している
とのこと。
要するに、ドラム表面の凹凸がほぼなくツルツルに磨かれており、密着力が異次元ということになる。
「髪の毛一本入らない顕微鏡的な驚くべき精度」とも評している。
ではどうやって古代ギリシア人はその究極の密着を実現できたのだろうか?
考えただけでワクワクする話だが、ここからの説明は少し難しい話になる。
……と言っても安心してほしい。
まずはコレス博士の説を文章で解説し、そのあとにわたしが頑張って作ったGIF動画を見てもらえれば理解できるはずである。
手順は次の通り。
- まず滑らかさを検査するための円盤を作る。
- この検査用の円盤の表面に薄く塗料を塗り、円盤をドラムの接合面に載せる。
- すると出っぱった部分に塗料が付着するので、この部分を特別な研磨剤で磨く。
- 再び塗料を塗った円盤を接合面に載せる。
この方法を繰り返し行っていくのである。

「なるほど、これで完成!」
……と言いたいところなのだが、話はそう簡単ではない。
実は、検査用の円盤そのものも完全な平面ではないのである。
どれだけ精密に作っても、1/30〜1/20mm程度の凹凸は避けられない(らしい)。
つまり、検査用円盤とドラムは密着しても、そのドラムと、次に磨かれた別のドラムは密着しない。
そこで、さらに驚きの方法が考え出された。
- 検査用円盤を2枚作る。
- その2枚を、1/100mmという驚異的な精度で密着するように仕上げる。
- 一方をA、もう一方をBとする。
- Aで磨いたドラムの面aはAと密着し、Bで磨いたドラムの面bはBと密着する。
- AとBは完全に密着するため、結果としてaとbも完全に密着する。
……発想が天才すぎる。

こうして石材同士は驚異的な精度で密着し、継ぎ目は裸眼ではほとんど判別できないほど美しく仕上げられたのである。
わたしも実際にアテネのパルテノン神殿を訪れた際、この技術を思い出しながら石材を眺めていた。
「2500年前に、ここまでやるか……。」
興奮が止まらず、ただそんな感想しか出てこなかった。

石材の運搬方法

ギリシャ建築ではエジプトのピラミッドと同じように、切り整えられた石材を積み上げて(切石造という)作られている。
これらの石材にはセメントやモルタルなどの接合材や潤滑剤を一切用いず、ただ上から重ねるだけの空積みで行われた。
建築工事で最も労力を要するのが石材の運搬だった。

円柱は短い円筒形の石材(ドラム)を積み重ねて造られるが、そのドラム1個だけで5〜10トン、柱頭は8〜9トンもある。
さらに最も重いのが、円柱と円柱の間に架けられる梁(アーキトレーヴ)である。
パルテノン神殿では約15トン。
エフェソス(トルコ)のアルテミス神殿はギリシア最初の巨大神殿と言われ、そのアーキトレーヴの重さはなんと…
約40トン。
……
いや、40トン!?
もう大型トラックどころの話ではない。
そんな巨大な石材を、重機もクレーンもない時代にどうやって積めたのか。
一般的には、木製の大きな枠で石材の両端を包み込み、それを巨大な車輪として牛に曳かせたと考えられている。
わたしもギリシャの神殿跡を歩いていたとき、ドラムの中央に丸い窪みがあることに気付いた。

「ああ、たぶんこの窪みに引っかけて運んだんだろうな。」
そんなことを想像しながら見学していた。

また石材を吊り上げたり、所定の位置に移動させたりする際には、石切り場で粗く成形する段階で表面に突起を残しておき、その突起にロープを掛けて吊り上げていたと考えられている。
このように、巨大な石材を運ぶ方法まで考え抜いていたのである。
おわりに
いかがだっただろうか。
少しはギリシャ建築について理解が深まったのではないだろうか。
わたし自身も、「なぜこうなっているのだろう」と思うたびに参考書を開き、少しずつ調べながら、ようやくこの記事を書き上げることができた。
建築は最初こそ難しく感じる。
しかし、一つひとつ意味が分かってくると、ただの「古い建物」だった神殿が、まったく違った姿に見えてくる。
そして2500年以上前の人々が、ここまで緻密に考え、美しさを追求していたことに驚かされるはずである。
次回はいよいよローマ建築である。
ギリシャ人が築いた建築文化を、ローマ人がどのように発展させていったのか。
さらにスケールアップした西洋建築の世界を、一緒に見ていこう。



