西暦132年、当時ローマ帝国に虐げられていたとある民族が故郷を奪われ世界中に散り散りになった。
その民族は約1800年もの間世界中で迫害され続けたが、1948年に父祖伝来の地パレスチナに集い、様々な苦難の末に晴れて国家を建国することができた。
そう、それがイスラエルである。
しかし、その1800年の間にその地域に定住していた別の民族から大きな反感を買い続け、それはやがて中東戦争・パレスチナ紛争として世界を震撼させるのであった…。

皆さんこんにちは、RYOです。
今回は名前からしてとっつきにくい「中東戦争」についてなるべく簡単にまとめました。
最近パレスチナ地域を実効支配するイスラム系武装組織「ハマス」がイスラエルを攻撃したという報道が世間を騒がしていますが、そんなお話も理解できるようになると思います。
ある程度の基礎知識は無いと理解しにくいんですが、なるべく知識0の人でもわかるように解説していますので、是非最後までご覧ください。
最近、あっちゃんの中東戦争の動画観て「お、筆者の記事の補足になるやん(笑)」って思ったので、より理解度を深めるためにそれも載せときますね。
この記事読み終わってからでも、まあ観てやってください(←え、何様?(゚Д゚;))
まあ筆者としましてはこの記事の方が深く中東戦争について解説しているとは思いますが、あっちゃんも別の視点で解説しているので面白いと思いました。
人それぞれ伝え方や観点が違うので、同じテーマに関していくつかの記事や動画を観る方が理解度は圧倒的に深くなると思いますよ。
本記事を読み終わった頃には、現在のイスラエルとアラブ諸国の争いの原因を理解できていると思います!
中東戦争とは

中東戦争とはザックリ言うと
アラブ諸国とイスラエルの領土&利権争い
と言えます。
おっと、いきなり難しいじゃん・・・
と思った方、大丈夫です、これからわかりやすく説明します!
まずは下の地図をご覧ください↓

上の地図では対立している両者、アラブ諸国(黄色)とイスラエル(点滅している赤茶色)を表しています。
ほー、パレスチナという地域の領有権がどちらにあるのかをずっと争っているんだね
※一言で「パレスチナ」と言っても、「自治政府としてのパレスチナ」と「地域の名称であるパレスチナ」があるので混乱しないようにしましょう。
重要なのは地域の名称であるパレスチナの方なので、そのつもりで読み進めてください。

パレスチナという地域は彼らの信仰する宗教にとって非常に重要な場所(=つまり聖地)で、
パレスチナはアラブ人のものなのか、それともユダヤ人のものなのか
を4度にわたって争ったのが中東戦争です。
「東京ディズニーランド」という名称でありながら千葉県にあるディズニーランド、東京都が千葉県に侵攻・合併して名実ともにモノホンの「東京ディズニーランド」にしたい、みたいな感じです(笑)
アラブ人もユダヤ人もパレスチナを占領したくてしてくてたまらないんです(´っ・ω・)っ
「アラブ人 VS ユダヤ人」とはつまり「イスラム教 VS ユダヤ教」とイコールです。
簡単な図式で表すとこうなります↓
中東戦争
=パレスチナの領有権争い
=イスラエル VS アラブ諸国
=ユダヤ教 VS イスラム教
では次に、なぜパレスチナがそれほどまでに重要なのかを説明します。
パレスチナとは

↑パレスチナとは上図の赤色の範囲を示す地域の名称で、パレスチナ地域の一都市としてエルサレムがあります。
かなりザックリ言えば、パレスチナとエルサレムの関係は「県と県庁所在地」みたいな感じです
もう少し大きな地図で見てみましょう↓

見にくくてすみませんが世界地図からエルサレムまでズームインしてみました↓

そしてこのエルサレムは、ユダヤ教&キリスト教&イスラム教の3宗教共通の聖地になっています。
それぞれが自分たちが信仰する宗教の聖地(=エルサレム)の領有権を主張したら・・・?
そうです、血の雨が降りますε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘
ザックリ言うとこうです↓
エルサレム
=ユダヤ教&キリスト教&イスラム教の聖地
=みんなが自分のものにしたい
=争いの種
ユダヤ教&キリスト教&イスラム教は非常に近い存在なのですが、本記事では詳しくは説明しませんので興味があれば先にどうぞ↓(別タブで開きます)

つまり、パレスチナ地域を自国の領土として主張しているイスラエル(ユダヤ教国家)が、他のアラブ諸国(イスラム教国家)からの反感を買っているという構図なんです。
パレスチナを制する者はエルサレムを制する
ということで、自分たちの宗教の聖地が絡んでいるのでそう簡単には解決しませんよね。
(筆者を含めて)宗教への理解が乏しい日本人にはなかなか理解できませんが、令和のこの時代でもまだまだ世界には「宗教どっぷり」の人たちが多くいるのです。
「神がこの世の全てを作った、ダーウィンの進化論なんて嘘だ」「本当は地球は平面なのだ、丸いわけがない」と本気で信じている人たちも数えきれないほどいるのが事実です。
自分と宗派が違うというだけで相手を激しく攻撃する、そんな人たちも山のように存在するのです。
そういう人らにとっては「自分たちの宗教の聖地を他の宗教に支配される」なんてあってはならないことなんです。
中東戦争の登場人物

さて、ではここから少し難しい話に入りたいのですが、わかりやすく説明するために先に中東戦争の登場人物2名を紹介します↓
それが
1. ユダヤ人
2. アラブ人
です、先ほども出てきましたね。
大雑把に言うと、ユダヤ人が信仰しているのがユダヤ教で、アラブ人が信仰しているのがイスラム教です。
イスラエル VS アラブ諸国
=ユダヤ教 VS イスラム教
中東地域は基本的に アラブ人が多いので、イスラム教国家が多いと言えます↓

青がイスラム教国家、黄色がユダヤ教国家
※実際にはイスラム教国家の中にもキリスト教を信仰している国民が多い国家もありますが、基本的には「アラブ人国家=イスラム教国家」として考えてください

ここまでは先ほどの復習も兼ねた内容ですが、重要なので繰り返しました。
ではそろそろ次のステップに移ります!
帰ってきたユダヤ人

「なるほど、ユダヤ人とアラブ人がパレスチナの領有権を巡って"対等な立場で"争っているのか」
と思ったかもしれません。
が、実は違うのです。
いきなり超重要なことを言いますが、アラブ人とユダヤ人が領有権を争っているパレスチナ地域は、実は・・・。
元々ユダヤ人が住んでいた土地です!!!
ずっとずーーーっと前の、トンデモなく大昔の話になりますが、確かにパレスチナはユダヤ人が領有していた土地だったんです!!!!

ユダヤ教の歴史はかなり古く、キリスト教よりもイスラム教よりもはるか昔から信仰されていた宗教なのです。
そのユダヤ教の聖典(=タナハ)によると、紀元前1,700年にユダヤ人の最初の預言者アブラハムが神から「パレスチナは永遠にお前たちに与えよう」と言われたのです。
※厳密には神が与えたのは旧名の「カナン」の地のことで(現パレスチナ地域)、この話はユダヤ教の聖典に載っており、キリスト教徒もイスラム教徒もその記述の妥当性を認めています。
アブラハムってあの人ですよね、神から忠誠心を試すために「息子を生贄に捧げよ」と言われ、迷った挙句に息子の命を絶とうとした時に「おぬしの忠誠心、しかと見届けたぞ」と神から認められたスゴイ人ですよね。

アブラハムが息子を生贄にするシーン
つまりキリスト教徒もイスラム教徒も、神がユダヤ人にパレスチナ地域を与えたことは「うん、それはもちろん知ってる」という状態なのです(`・∀・´)
そして紀元前1,000年にはここパレスチナに、イスラエル王国(≒ヘブライ王国とも)があり、ユダヤ人が実際に王国を築いていました。
しかし時は経ち、長きにわたって弾圧されていたユダヤ人はヨーロッパを支配していたローマ帝国内で繰り返し内乱を起こし、ついにブチギレたローマ帝国が西暦132年にパレスチナからユダヤ人を追放し、ユダヤ人はそれ以降世界に散り散りになりました(=これをディアスポラと呼びます)
神の子であるイエスを裏切った者の子孫としてキリスト教徒はユダヤ人を憎み、ユダヤ人はおよそ1,000年に渡って世界中で迫害を受けてきたんですよね
その長きにわたる迫害のゴール地点が、ナチスドイツによるジェノサイド(=大虐殺 or 民族浄化)でした。
ユダヤ人の迫害の歴史はこちらを参考にして下さい↓(別タブで開きます)

長い歴史に渡って、ずっと迫害を受けてきたユダヤ人が一様に考えることはただ一つ↓
自分たちの国が無いからこんなことになるんだ(泣)
ということでした。
この「パレスチナに我々の国家を作ろう」という運動をシオニズム運動と呼びます。
※シオニズムとは、エルサレムの別称「シオンの丘」に戻ろうという主張に基づきます。
このシオニズム運動についてもう少し考えてみましょう。
たとえば日本という国が突然滅ぼされた、と考えてください。
日本列島はもはや他の国が占領し、日本語しか話せない我々日本人は世界中に散り散りになりました。
当然「日本人」として一箇所に集まって暮らすことはもうできません。
世界各地で我々日本人は差別されまくります。
子どもは学校で悪質なイジメを受け、日本人というだけで給料は最低賃金を大きく下回る始末。
そんな日本人にとって最悪な時代が1,000年も続いた頃、「いつか日本列島を再び日本人の手に取り戻そう」「我々日本人だけが住む国を作ればもう2度と迫害されなくて済む」と思っても不思議ではないでしょう。
世界各地のユダヤ人がパレスチナ地域に集まったのもそんな感じです。
余談ですが1594〜1597年に書かれたシェイクスピアの「ベニスの商人」では、ユダヤ人のシャイロックが紆余曲折ありながらも最終的には様々な人間にボッコボコに虐げられて「めでたしめでたし♡」と終わります。
※当時の人たちの間では「ユダヤ人には何をしてもいい」と考えられていたのです。
そうなんです、ユダヤ人の悲願は自分たちの国を作ることだったのです。
西暦132年のディアスポラ以降、ユダヤ人はキリスト教の敵として迫害されながら世界中に離散していきましたから。
そんな中!!
第二次世界大戦後、ユダヤ人は3,700年前に神から与えられた土地「パレスチナ」に続々と集まり、ついに1948年にユダヤ人国家「イスラエル」を建国したのでした。
パレスチナ分割

『パレスチナは元々はユダヤ人が神から与えられた土地』と言いましたが、それは3,700年前の話です。
ローマ帝国にパレスチナの地から追い出された西暦132年のディアスポラ以来と考えても1,800年前の話。
もちろん、その1,800年の間には様々な人種・民族がパレスチナに出たり入ったりしていました。
第二次世界大戦後にユダヤ人が続々とパレスチナに帰り、
「ここはもともと我々の土地だ!だからここにイスラエルという国家を建設するぞー」
と言っても、既にパレスチナに住んでいたアラブ人が納得できないのも当然です↓
ちなみにかのパレスチナ(=エルサレム)もオスマン帝国領でした!!!
もし戦後に、アラブ人とユダヤ人が約束通りパレスチナの領有権を主張したらどうなるでしょうか…
フランスには(当時は同盟国)

しかもイギリスは同盟国のフランスに対しても
え、戦後のパレスチナの領有権?
おれらが第一次世界大戦で勝ったら領地は山分けっしょ!当然
→同盟国としての協力/援軍狙い(サイクス=ピコ協定)
結果、イギリスの三枚舌外交が功を奏し、オスマン帝国は1922年に滅亡し、第一次世界大戦後はイギリスがパレスチナを統治しました。

つまりアラブ人もユダヤ人もパレスチナに自分たちの国家を建設したがっていたので、それをエサにイギリスにまんまと協力させられたわけなんです。
これによりアラブ人とユダヤ人の深刻な殺戮劇場の幕が上がりました。
もうあんな危なっかしいパレスチナなんかに関わってられねーよ
そこでイギリスは一方的にパレスチナから撤退し、パレスチナでのユダヤ人-アラブ人間の問題を出来立てほやほやの国際連合(国連)に丸投げしました。

国連「じゃあ我々が一度調査団を派遣して調査してくるので、その調査結果をもとにパレスチナをどう分割するのが最適か決めますね(*´ω`*)」
そうなんです。
国連は1947年に「パレスチナ分割決議」を採択し、パレスチナ地域を㋐ユダヤ人国家と㋑アラブ人国家に分割することを決めたのです。
「我ら国連が中立的な立場で判断するからさ、分割案が決定したらお互いに相手を尊重して不満もグッと堪えて仲良くやっていってください。」
という流れになったのです。
これに対しユダヤ人とアラブ人では正反対の反応をしました↓
ユダヤ人はそれを知っていてネゲブ砂漠の所有を強く望んだんですね!
ここからイスラエルは核兵器製造を始めました。
パレスチナ地域がどう分割されたのかは次項で説明します↓
パレスチナ分割決議案
さて、イギリスがパレスチナ問題を国連に丸投げし、ニューホープの国連が提案したパレスチナ分割決議案は以下のようになりました↓

↑赤い領地がユダヤ人、黄色の領地がアラブ人
なぜこのような複雑な形状で分割したのか、筆者は皆目わかりません(笑)

ユダヤ人の人口はアラブ人と比べて半分なのに、土地はアラブ人よりわずかに広く獲得することができました↓
パレスチナに住むユダヤ人の人口は全体の33%ですが、土地面積はパレスチナ地域全体の56%を獲得しました。
逆に、パレスチナに住むアラブ人の人口は全体の67%を占めますが、獲得したパレスチナ地域の土地面積は全体の44%でした。
そして最も大事なエルサレムはどうなったのか。
エルサレムをどちらの側のものと決めてしまうと宗教上の激しい対立が予想されたので、『国際管理都市』として国連が管理することになりました。
ここまでのまとめ
ではここまでのまとめを簡単に書いていきたいと思います。
ここまでの流れをある程度理解できているか確認してください(クリックで開く)
紀元前1,700年

神「アブラハム、そなた達ユダヤ人にカナンの地(パレスチナ)を永遠に与えよう」
アブラハム「おお神よ!なんとありがたいお言葉。このご恩は一生忘れませぬ」
紀元前132年

ローマ帝国「てめえら(ユダヤ人)何回も懲りずに反乱起こしやがってえ!今度こそパレスチナから追放だあぁぁ!二度とこの地に帰ってくるなああああ(=ディアスポラ)」
ユダヤ人「ぐはあ。ついに我々ユダヤ人は父祖伝来の地(パレスチナ)を去らなければならいのか。無念・・・」
〜1948年

てめーら誰の許可を得て俺らの土地パレスチナに国家を建設したんだ?あぁ?
アラブ人側とはアラブ連盟加盟国の「シリア&レバノン&ヨルダン&イラク&エジプト」のことです↓

イスラエル建国の翌日に、アラブ連盟が一斉にイスラエルに侵攻します。
イスラエルを取り囲む国々による一斉攻撃、恐ろしいですね
これをパレスチナ戦争(または第一次中東戦争)と呼びます。
イスラエル VS アラブ連盟加盟国の戦争の結果やいかに…
皆さんはどちらが勝ったと思いますか・・・?
イスラエルの全面勝利!!

イスラエルが圧倒的に不利に思えたパレスチナ戦争ですが、結果としてイスラエルの全面的な勝利で終わり、イスラエルは事実上パレスチナを占拠し、国連から認められた土地より更に広い土地を獲得しました↓

第一次中東戦争においてイスラエルがパレスチナ地域のより広い土地を獲得したということは、、、?
そこに元々住んでいた民たち(パレスチナ人)はどうなるのでしょうか?
そうなんです、元々パレスチナにいたアラブ系住人(=パレスチナ人)は難民となって近隣のヨルダン&レバノン&シリアなどに逃れました(=パレスチナ難民)

この戦争で70万人のパレスチナ人(パレスチナに住むアラブ系住民)が居住地を追われ、住民がいなくなった町や村は完全に破壊されるか、ユダヤ系住民が住むようになりました。
一方、難民となったパレスチナ人は、難民キャンプの粗末なテントや洞窟などで困窮を極めた生活を強いられます。

(出典:パレスチナ難民キャンプ)
パレスチナ人も、宗教はイスラム教で民族的にはアラブ人です!
エルサレムはどちらの領地?

↑第一次中東戦争後、もうパレスチナのほとんどはイスラエルの領地になりました。
下に示した地図の黄色で塗られた範囲がアラブ人側の領地です↓

↑こうして地図左側のちっこい黄色の領地が「ガザ地区」、
右側の広めの領地が「ヨルダン川西岸地区」と呼ばれ、
この2カ所のみがアラブ人がギリギリ死守した領地になりました↓

ガザ地区はエジプトが、ヨルダン川西岸地区はヨルダンがギリギリ死守したというわけです。
さて、ここで一度「ガザ地区」に注目してみましょう。
最近話題のハマスはこの「ガザ地区」を実効支配しているイスラム系武装組織で、ハマスはガザ地区周辺にテロを仕掛けイスラエル人(民間人)を大量に虐殺したり人質に取ったりしているんです。
しかし一概にハマスだけが悪いわけでは決して無いというのが今回の事件なのです。
なぜならイスラエルもその10倍100倍の火力で報復攻撃をし、大勢のパレスチナ人を虐殺しているからです。
それにイスラエルは2007年にテロ防止やイスラエル側の安全のためにガザ地区に壁を建設し、以来ヒトやモノの往来を厳しく制限したのです。
これによりガザ地区は「天井のない監獄」「青空監獄」とも呼ばれるようになりました。

(出典:壁に囲まれた「天井のない監獄」)
ハマスについては別の記事(【ガザ地区=青空監獄】イスラム系武装組織「ハマス」とは何者か?)で解説しています。
さて、話を戻します。
第一次中東戦争後、最も大事なエルサレムは休戦協定によりアラブ人側(=ヨルダン)が占領する東エルサレムとイスラエルが占領する西エルサレムに分けられ、分割統治されることに決まりました。
ここでもう一度エルサレムの場所を確認しましょう↓

実はエルサレムもベルリン同様に東西に分けられたんです↓

(出典:「エルサレム」とはどんな場所か? 地理的、歴史的に振り返る)
実は3宗教の聖地は全て東エルサレム側にあるので、西エルサレムを獲得したイスラエルはまだご立腹です。
我々が本当に望んでいること、それは東エルサレムの奪還である!!!!
イスラエルが全面勝利したのになぜ東エルサレムがアラブ諸国側の統治になったのか?
恐らくですが、西エルサレムはイスラエルの国境と隣接しているからだと予想しています。
東エルサレムをイスラエル統治にすると、その間に挟まれた西エルサレム地域も(オセロのように)すぐにイスラエルに占領されてしまう恐れがあったからでしょう。
お互いの妥協案がこの形になったと考えるべきですね(´⊙ω⊙`)
そしてイスラエルはこの翌年の1949年に西エルサレムを首都と宣言し、首都機能をテルアビブから西エルサレムに移しました。
※国際的には未承認なのでイスラエルの首都は未だにテルアビブです。
では第二次中東戦争に移ります。
第二次中東戦争~1956年~

第二次中東戦争は、エジプトのナセル大統領がスエズ運河国有化を宣言したことに端を発し、今まで便利なスエズ運河を通って貿易を行っていたイギリス・フランスが利権喪失を恐れ、イスラエルと共にエジプトを攻撃し、

↑シナイ半島(上図の半島)を占領しました。
いやはや恐ろしい軍事力ですね、イスラエル
第三次中東戦争後、ガザ地区はイスラエル軍が軍事占領し、以後ユダヤ人の入植が進み、パレスチナ人との間の衝突が続きました。
※イスラエルはガザ地区を2005年まで軍事占領し、その間ガザ地区にイスラエル人の入植を作り続けた。
ガザ地区の広さは約360平方km、(静岡県の伊豆市や岡山県の倉敷市ほどの面積に)約90万人のパレスチナ人が難民が生活し、その地をイスラエルの入植者が奪っていることで人口密度は世界で最も高い地域になっているのです。
また、イスラエルの軍事占領下に置かれたガザ地区では困窮を極めた生活が強いられ始めました。
軍事占領下では、パレスチナ人の基本的人権は保障されず、社会・経済の発展も阻害されました。
また難民キャンプでは基本的な生活インフラも整備されず、生活環境は劣悪なまま放置されました。
1970年代に入るとイスラエルによる西岸・ガザ地区への「入植地」建設の動きが強まります。
90年代までには25万人以上のユダヤ人が入植し、パレスチナ人の危機感が高まりました。
(出典:第三次中東戦争 軍事占領の始まり)
この敗北を経て、エジプトのナセル大統領の権威は(さすがに)失墜し、間もなく死去します。
この第三次中東戦争で東エルサレムも占領したイスラエルは1980年に東西の統一エルサレムを恒久的な首都とする法律を制定しました。
イスラエルの念願がついに叶ったわけです。
が!!!
その年の国連総会はこれを非難する決議を143ヵ国の圧倒的多数で採択しました。
反対はイスラエル一国、棄権は米国など4カ国だけでした。
繰り返しになりますが、世界中の大使館はエルサレムではなくテルアビブにあります。
つまり国際的にはエルサレムを首都と認めていないということなんです。
PLO(パレスチナ解放機構)設立

ここまで第一次第二次第三次と、イスラエルの圧倒的な軍事力に全く歯が立たなかったアラブ諸国でしたよね?
しかし、
パレスチナをイスラエルから取り返したい!!!!
と、周辺の国々がPLO(パレスチナ解放機構)という組織を結成しました。
PLOの結成自体は第三次中東戦争直前の1964年のこと。
当初は平和的な組織だったのですが、「ヤセル・アラファト」が議長になってからPLOは戦闘的な組織に生まれ変わり、イスラエルに対し様々な軍事攻撃や爆弾テロを仕掛けるようになります↓

第三次中東戦争でも大量のパレスチナ難民が生まれ周辺のアラブ諸国に逃れたわけですが、「パレスチナ難民救済のためにはパレスチナの地を奪還しなければならない」と再認識したアラブ諸国だったのです。
第四次中東戦争~1973年~
1973年10月6日から始まった第四次中東戦争でしたが、わずか19日後の10月25日には戦争が終結しました。
失脚し死去したエジプトのナセル大統領に代わってサダト大統領はシリアと組んで、1973年にイスラエルに対して南北から奇襲攻撃を展開しイスラエル軍を打ち負かしました↓

これには世界中が驚きました。
当初イスラエルはボロ負けし国難の危機に瀕しました、それはなぜか。
第三次中東戦争が始まった1973年10月6日(土)はユダヤ人にとって最大の祝日である「贖罪の日」であり、「働いてはいけない」安息日として一般市民のみならずイスラエル軍の大半ものどかに祭日を過ごしていたのです。
アラブ人側はわざわざその日を狙ったということですね。
※2023年10月7日(土)にハマスがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けたのも、この日がユダヤ教にとって超重要な祝日「律法の感謝祭」でユダヤ人の安息日だったからです。
イスラエル軍はなおも反撃しますが、そこで第二の矢をアラブ人側が放ちます。
それが石油減産でした。

結局この石油戦略を用いてアラブ人側に有利な条件で休戦することになり、イスラエルは「エジプトのシナイ半島」を返還しましたが、ガザ地区とヨルダン川西岸地区からイスラエル軍を撤退させることはありませんでした。
これを経て石油原産国でもあるアラブ諸国は気付きました↓
え、石油ないとみんな困るんじゃね?
「石油が武器になる」という恐ろしい事実に気付いたアラブ諸国でした。
石油危機(オイル・ショック)

石油危機とは、第四次中東戦争でイスラエル及び西側諸国に対してアラブ諸国が展開した石油戦略によって世界経済に大きな衝撃を与えたことを指します↓
↓
石油価格が高騰
↓
先進国の燃料不足
↓
生産低下
↓
物価上昇
↓
世界経済が大ダメージ
という桶屋方式で、イスラエルを応援していた西側諸国が大ダメージを受けます。
と同時に(既述ですが)アラブ諸国側も気付きます。
パレスチナ国なんていうふざけた国はぶっ潰してパレスチナ全体をイスラエルの領地にしよう
イスラエルを倒して真のパレスチナ国家を建設しよう
というゲリラ組織が未だに争い合って大勢の民間人が殺されています。
やはり元の元をたどれば、全ては宗教戦争という事になります。
宗教とは世界に平和をもたらすものなのか、不幸をもたらすものなのか。
ご自身でじっくり考えて答えを出してください。
ここまでお読み頂きありがとうございました!







