
本記事では蒋介石(しょうかいせき)率いる中国国民党軍が毛沢東率いる中国共産党軍に敗れ、台湾に逃げ帰ったところから始めます。
以下の記事を読まれていない方は、先にそちらをご覧ください↓
/china-taiwan-war-mao皆さんご存知のYoutuber中田敦彦氏の動画でも詳しくわかりやすく面白く説明されているので、理解度アップのために一度目を通すと良いと思いますよ(*´ω`*)
↑香港デモの話ですが、ガッツリ台湾の歴史も話しています。
台湾(中華民国)
では台湾と中国の流れがわかったところで、1950年~現在までの流れを簡単に説明していきます。
蒋○石って男前やけど、中身は完全にポンコツですわ
筆者の個人的な見解であり、特定の誰かを誹謗中傷するものではありません。
蒋介石の国民党独裁政権(1950-1975)

蒋介石
ということで、国共内戦で毛沢東率いる中国共産党軍に負けた蒋介石(しょうかいせき)は台湾に逃げ帰りました↓

台湾の蒋介石率いる国民党は中華民国政府として台湾を統治しており中国として国際連合の議席も継承していました。
つまり、まだこの時代は「台湾=国際的に認められている中国」と考えられていました。
けさわひがし(毛沢東)率いる本土の中華人民共和国はソ連や東欧各国、インドからのみ国家として承認されており、実際の主権は台湾の国民党にあると考えられていました。
中国の人に怒られそう(笑)
逆に台湾の首都「台北」にある国立故宮博物院には、それらの文化財などが展示されており、現在では台湾の重要な観光施設になっているようです。
台湾の国連追放(1972)

1970年代に入って冷戦体制が少し和らぎ、米ソが緊張緩和してくるとアメリカのニクソン大統領はベトナム戦争での「名誉ある撤退」を考え始めました↓
中華人民共和国を「中国」代表とするんで、台湾さんは国連から追放しまーす
遂に「中国」という国の代表が、台湾から中華人民共和国に移行しました。
経済成長(1975~)
1975年、ついに蒋介石が死去し息子が後を継ぎました。
時々来日しても日本語を話していたらしいですよ
李登輝は、台湾で最初の国民による普通総統選挙を行い、中国と台湾の両方を認める「二国家論」を提唱し、台湾経済を発展させ、中国との関係も安定させ、大きな功績を上げました。
独立か統一か

李登輝によって民主化し経済発展を遂げた台湾は次第に、
あれ、おれらも国家として独立できんじゃね?
という動きが強まってきました。
しかし中国政府としては当然受け入れることができず反発を強めており、現在も中国と台湾の関係は悪化したままです。
「平和的でない解決」という言葉は中国が世界に公言しています。
もし我が国の一部(台湾)が危険にさらされる(独立)ような事があれば、平和的でない解決方法(武力介入)も考えなければならないよね
おわりに
今回は台湾の歴史を軽くなぞってみました。
細かいところまで書き出すととっても時間がかかるのでこれくらいにしておきますが、もし今後「台湾は中国から独立します」なんて宣言したら戦争が起きる可能性は非常に高そうです。
中国侵攻なら台湾防衛、バイデン米大統領が明言 中国は反発には、
バイデン氏はインタビューで、米軍は台湾を防衛するかという質問に対し「もし実際に前例のない攻撃が行われれば、する」と答えた。
という一文があり、バイデン大統領が台湾防衛に米軍を派兵するのは現実問題としてありそうです。
- 台湾が独立を宣言
- 中国が平和的でない解決
- アメリカが集団的自衛権を行使
- 日本も戦争に参加
- 核戦争か?
という流れになる可能性もあります。
お隣の国なので注目しておくべきでしょう。
中国の歴史について興味があればこちらもどうぞ↓


