➀古代メソポタミア建築

では実際に西洋建築のお話に入っていきましょう。
そもそも西洋建築の起源を辿っていくと、古代メソポタミア建築に帰結します。
恐らく詳細記事を読まれたら「え、人間業じゃねえ」と思いますよ
ギリシャ建築の更に詳しい情報はこちら↓

④ローマ建築

美しい神殿造りを究めたギリシャ建築を受け継いだローマ人は、
「ギリシャ人は神殿ばっかやったけど、俺らローマ人は国民が楽しめる公共施設を作ろうぜ」
と、膨大な数の国民をもつローマ帝国は「便利な公共施設」を究めました。
公共施設を整備せずに神殿作りばかりしていると民衆の不満が溜まり反乱が起きるのは目に見えてますからね(・ω・)ノ

ローマ建築の傑作は、イタリアの首都ローマにある「コロッセオ」です↓

コロッセオはおよそ5万人を収容できる公共の円形闘技場で、中では戦士同士が戦ったり、猛獣と戦士が戦ったりしていました。
初期キリスト教建築家が追求した、キリスト教に最も適している教会の形式とはどんなものだったのでしょうか?
初期キリスト教建築の更に詳しい情報はこちら↓

⑥ビザンティン建築

うんうん、泣く気持ちもわかる。
ビザンティン建築は西洋建築の範囲に入れるか悩んだのですが、一応参考書にも載っていたので解説します。
ビザンティン建築とは、東西に分かれたローマ帝国のうち東ローマ帝国(ビザンツ帝国&ビザンティン帝国とも)で発展した建築様式です。
ビザンティン建築以外は全て西ローマ帝国跡地で発展しました。

西ローマ帝国と東ローマ帝国のイメージ図
が、東ローマ帝国で唯一発展したのがビザンティン建築なのです。
ビザンティン建築の代表例はトルコのイスタンブールにあるアヤ・ソフィアです↓

※トルコのアヤ・ソフィア
「トルコはヨーロッパちゃうやん( ゚Д゚)」
はい、トルコはヨーロッパとは言えませんが、ビザンティン建築がもともと東ローマ帝国をルーツにもつことを考慮して、西洋建築(の一部)と表現しています。
初期キリスト教建築を受け継いだ東ローマ帝国のビザンティン建築は、神の座としてのドームの意味を非常に強く捉え、ドームを美しく架けることをひたすら追求しました。
ビザンティン建築はずっとドームの話です(爆笑
ドームをどう美しく架けるか。
円柱の上にドームは問題なし↓

直方体の上にドームは難しい↓

苦心の末に生み出されたのがペンデンティブでした↓

とりあえずドームのお話ばっかりです(笑)
ビザンティン建築の更に詳しい情報はこちら↓

ゲルマン人大移動とローマ帝国分裂

ここで一瞬だけローマ帝国滅亡とその後に関する歴史の話をしなければなりません。
一見、西洋建築とは関係のない歴史の話にみえますが、関係大ありです。
長かったあぁぁぁぁぁぁぁぁ
皆さん、いかがだっただろうか。
なるべく専門用語は使わずに、
でも要点は外さないように、
そしてちょっとボケて、
でもウザすぎないように……
この絶妙なバランスの上に成り立っているのが本記事である。
とはいえ、やっぱり細かい部分や建築のガチ技術は、
各建築の記事に任せた方が早いし確実である。
筆者としては、
「古代メソポタミア建築から順番に、ゆる〜く読み進めてたら、気付いたら建築史がわかってた」
という流れになっていれば、もう本望である。
というわけで──
今後ヨーロッパに行くなら、せっかくなら建物に目を向けてほしい。
「うわ、でっか!」「めっちゃ尖ってるやん!」で終わらせず、
「これはロマネスクだな…いや待て、むしろ初期ゴシックか…?」と
心の中で一人建築オタクを召喚していただきたい。
そうすれば、街が変わって見える。
歴史が動いた瞬間が、建物を通じて“見える”。
それこそが、西洋建築史を学ぶ最大の醍醐味である。
最後まで読んでいただき、本当に感謝する。











そしてあなたが、旅先の石造建築の前でうなずきながらこう呟く未来を願う──
「…あっ、これたぶん“ロマネスク→ゴシックの過渡期”ですね」
(周囲ポカーン)
その時、あなたの建築史マスター化は完了である。
おめでとう。

