【ウクライナ問題にも関係】冷戦中に結成されたNATOとWTOとは?
世界史
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今回は「NATO」と「ワルシャワ条約機構」についてです。
「ナトー」とか聞くとなんとなく軍事同盟っぽいイメージを持つのは筆者だけでしょうか?
最近ではウクライナの国是であるNATO加盟を巡って、ロシアが過去に例をみない規模の軍事力をウクライナ国境に配備しているとか・・・。
2022年2月24日、遂にロシアのプーチン大統領がウクライナ侵攻を始め、25日にはウクライナの首都キエフの東側を封鎖したりと大暴れしています。
ウクライナ情勢に興味ある方はこんなん観てもいいかもしれません↓
筆者は2倍速で観てかなり勉強になりました。
また若者に大人気のYouTuber中田敦彦氏もこれに関する動画を配信しています。
※動画中の「WTOがまず結成され、それに対抗するためにNATOが結成された」というのは間違いで、「まずNATOが結成され、それに対抗するためにWTOが結成された」が正解です。
ってことで、本記事では東西冷戦に先駆けて結成された「NATO」と「ワルシャワ条約機構」を簡単に説明しようと思います。
NATOとは
NATO(ナトー)とは、
北大西洋条約機構
という英語(North Atlantic Treaty Organization)の略で、第二次世界大戦終結直後の1949年4月4日にアメリカの首都ワシントンで締結された北大西洋条約に基いて結成された軍事同盟です。

要するに、
北大西洋を囲む国々で軍隊を結成しよう=ソ連を抑え込もう
という目的のもとで結成された軍隊です。
北大西洋ってどこ?
ではその「北大西洋」ってどこにあるんでしょうか?
↑このど真ん中の大きな海域です。
文字で説明すると、アメリカ大陸とヨーロッパ・アフリカ大陸の間の海洋ですね!
では、この「北大西洋」を囲む国々と言うとどの国々でしょう?
加盟国は?
当初NATOに加盟した国々(原加盟国)は以下の12カ国でした。
一覧(クリックで開く)
➀アメリカ
②カナダ
③イギリス
④フランス
⑤ポルトガル
⑥アイスランド
⑦オランダ
⑧ベルギー
⑨ルクセンブルク
⑩イタリア
⑪デンマーク
⑫ノルウェー
ではこの12カ国(NATO加盟国)を赤色に塗り、「ソ連」を青色に塗って中心に置き換えた地図を示します↓

完全にソ連を東西からサンドイッチしているのがわかりますね‼
NATOの最新の情報は、泣く子も黙る外務省HP(→北大西洋条約機構(NATO))にて公開されています。
(東欧各国の加盟が進み)現加盟国は30ヵ国となっています↓

NATOの目的は?

じゃあ結局NATOの目的とは何だったのでしょう?
一言で言うと「旧ソ連と東欧諸国に対する威嚇」です。
ソ連は冷戦が始まるとともに核開発を急激に進め、ソ連が占領する東欧地域では共産党政権が乱立していきました。
西側諸国、特に世界の警察「アメリカ」署長は非常に焦りました。
WTOはソ連解体に伴って1991年に解散しましたが。
WTOに関する説明は外務省のページでは見つけられませんでした。
まあ解散してますからね。
現在"WTO"と言うと「世界貿易機関」を指す言葉になります。
WTOの目的は?

じゃあ結局WTOの目的とは何だったのでしょう?
一言で言うと「西側諸国が結成したNATOに対抗するため」です。
西側諸国がNATOを結成し集団的自衛権を行使すると宣言したのでソ連側は焦りました。
「アメリカ VS ソ連」が「西側諸国 VS 東側諸国」になったんですね
どちらかの国が相手の加盟国一国でも攻撃しようものなら、NATOとWTOがお互いを総攻撃するという核戦争一歩手前の恐ろしい状況でした。
NATO加盟国「NATOに加盟すれば東側から攻撃を受けるリスクが減る!ラッキー」
ソ連「ぐむう、あんな小国がNATOに加盟しやがった。なかなか軍事侵攻に踏み切れない…よし俺らもWTOを結成してNATOに対抗しよう」
WTO出陣!チェコ事件

また、結局にらみ合うだけで冷戦終結まで一度も軍事行動を起こさなかったNATOとは違い、さすがはソ連率いるWTOです、やりました(皮肉
1968年にチェコで、
「もう共産主義や社会主義に押さえつけられているのは我慢できない!!民主化を行いチェコスロバキアを自由な国にしよう。おーーーー」
という運動(=プラハの春)が起きると、ワルシャワ条約機構5カ国(ソ連&東ドイツ&ポーランド&ハンガリー&ルーマニア)が出動してこの「民主化運動」を完膚なきまでに叩き潰しました。
つまり民主化を叫ぶチェコスロバキアの一般市民を皆殺しにして鎮圧したんです(=チェコ事件)
さすがにこれを見て、アルバニアはソ連を批判してワルシャワ条約機構を脱退しました
NATOとWTOのその後

という事で、西側諸国のNATOとそれに対抗して結成された東側諸国のWTOはその後どうなったのでしょうか。
WTO解散
先述した通り、WTOはソ連の解体に伴って解散しました。
東欧各国が社会主義から離脱する中、解散直前の最後の「ワルシャワ条約機構首脳会議」では、
1968年のプラハの春を鎮圧するために軍事介入したことは間違いだった
と最後の最後に自己批判しました。
遅すぎるわボケ!!!
ちなみにソ連解体に伴ってWTOは解散したものの、新たに独立国家共同体(CIS)という組織が結成され、ソ連時代のようにロシアは東欧各国の上に支配的に君臨しようとしました。
しかしCISの結束力は弱く、現状ではあまり機能していません。
新NATO
NATOはどうなったかと言うと、今でも活動を続けています。
1990年のロンドン宣言で、
我々はワルシャワ条約機構を敵視するのをやめた!
と目的を一変させました。
いや、そこまで公然と言っちゃうのね(笑)
現在では北大西洋地域の安全保障のみならず、世界中の民族紛争や人権抑圧、テロに対して平和維持のために軍事行動を行うようになり、世界の平和維持に一役買っている(と信じたいです)。
おわりに
調べれば調べるほど、東西冷戦というのは本当に世界の危機だったんだなと思い知らされます。
高校の歴史の授業でワルシャワ条約機構とかNATO軍なんて言葉を聞いてもイマイチぴんとこなかったのは、当時の先生の教え方が悪かったからなのでしょうか?
それとも単に筆者が興味なかったから?
高校生の時にこういう内容に興味を持てていたら大学進学先も違っていたと思います(笑)
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