「ローマ建築」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。
コロッセオ、パンテオン、巨大な水道橋。

どれも約2,000年前につくられたとは思えない建築物ばかりである。
しかし、ローマ建築の本当のすごさは、大きな建物を造ったことではない。
石の性質を理解し、それを最大限に活かしたことである。
前回紹介したギリシャ建築が「美しさ」を追求した建築なら、ローマ建築は「合理性」を追求した建築だった。
本記事では、アーチ構造やローマン・コンクリート、コロッセオやパンテオンを例に、ローマ建築がなぜ西洋建築史を変えたのかを、世界一わかりやすく解説していく。
ローマ建築の概要とギリシャ建築との関係

まずは、ローマ建築の概要から説明しよう。
ローマ建築とは、史上最大級の帝国であるローマ帝国で発展し、ギリシャ建築を受け継ぎながら、アーチやドームを用いて公共建築を飛躍的に発展させた建築様式である。
……実は、ローマ建築だけを単独で説明するのは結構難しい。
なぜなら、ローマ建築はギリシャ建築の進化版だからである。
例えば、自動車を知らない人に救急車を説明するのが難しいように、ギリシャ建築を知らない状態でローマ建築を理解するのは少々厳しい。
つまり何が言いたいかというと、
先にギリシャ建築編を読んでほしい。
……とはいえ、この記事だけでも理解できるように解説していくので安心してほしい。
古代ローマ人は、ギリシャ建築を芸術的な模範としながらも、それまでになかったアーチ構造やドーム構造を発展させ、数多くの公共施設を建設した。

公共施設を建設しようと考えたのはなぜか?
では、ローマ人はなぜ神殿ではなく、公共施設の建設に力を入れたのだろうか。
答えは意外とシンプルである。
ローマ帝国が大き過ぎたから。
古代ローマ帝国は紀元前3世紀頃にイタリア半島を統一し、前2世紀には地中海全域に覇権を及ぼし、紀元後2世紀にはアジア、アフリカ、ヨーロッパにまたがる大帝国になった。
つまり、最盛期のローマ帝国内には数え切れないほどの人々が暮らしていた、ということである。
そんな巨大な帝国で民衆の不満が爆発したら、さすがの皇帝も安心して眠れない。
そこでローマ人は、
- 道路を造り、
- 水道を整備し、
- 公衆浴場を造り、
- 劇場や闘技場を建設し、
- 市民が快適に暮らせる都市づくりを進めていったのである。
つまり古代ローマは、帝国内に居住する圧倒的多数の民衆を治めるために、食糧と娯楽(パンとサーカス)を与える政策をとったのである。
と言ってしまえば、少々乱暴ではあるが非常にわかりやすい。
もちろんローマ人も神殿は建てている。しかし彼らが建築技術を最も発揮したのは、圧倒的に公共建築だったのである。
そのため、ローマ建築をより深く理解したい方は、ぜひギリシャ建築編も読んでから戻ってきてほしい。
きっと理解度が10倍くらい変わるはずである。
公共施設とは

ここでいう公共施設とは、都市に暮らす大多数の市民のために造られた施設のことである。
例えば、
などが代表例である。
さらにローマ人は、それだけでは終わらない。
広大な道路網を整備し、水道橋や上下水道を建設し、巨大帝国を一つのネットワークとして機能させた。
その痕跡は、現在でも北はスコットランド、南はアフリカ大陸、東は中東にまで残されている。
具体例を挙げると、
- 北:ハドリアヌスの長城(イギリス)
- 西:セゴビア水道橋(スペイン)
- 南:レプティス・マグナ(北アフリカ)
- 東:ジェラシュ や バールベック(中東)
とかである。

ここまでくると、ローマ建築とは単なる建築様式ではない。
巨大な帝国を支えるインフラそのものだったのである。
石造建築に有利な『アーチ構造』

ここからが、ローマ建築最大の発明と言っても過言ではない。
それがアーチ構造である。
「アーチ?それが発明?爆笑ww」と思った人もいるかもしれないが、一旦聞いてほしい。
タイトルだけ見ると小学生の自由研究レベルの難易度に聞こえるかもだが、中身はなかなかに奥が深い。
組積造とは
まずは「組積造(そせきぞう)」という言葉から説明しよう。
組積造とは、石やレンガを積み重ねて建物を造る構造のことである。
壁を造ったり、アーチを架けたりするのに非常に適した構造であり、ローマ建築の基本となった。

ギリシャ建築編でも解説したが、石には大きな弱点がある。
石は圧縮には非常に強いが、引っ張りには非常に弱い。
これが石という材料の宿命である。

そのため、ギリシャ建築のような「柱と梁」で支える構造では、重たい石の梁が自分自身の重さで折れてしまう危険がある。

「石なのに折れるの?」
と思うかもしれないが、割と簡単に折れるのである。

なんせ、ギリシャ神殿の梁の重さは十トンを余裕で超えてくる。
公園にある石のベンチが折れる様子は想像できないかもしれないが、巨大神殿の梁にもなれば簡単に崩壊する。
だからギリシャ建築には、あれほど大量の柱が必要だった。
一方、アーチ構造では事情がまったく異なる。

石同士がお互いを押し合うことで荷重を分散し、石が最も得意とする圧縮力だけで建物を支えることができるのである。
まさに石に「得意な仕事だけ」を任せる構造だった。
ただし、アーチにも弱点はある。
荷重を受けると、アーチは横へ広がろうとする力(推力)が発生する。

この支持体を横に押し倒そうとする力(推力)を支えるには柱のような細長い支持体では不十分である。
柱が細いと、石の重さに耐えられずに崩壊するか、

石の重さに耐えられず、柱が折れてしまう。

そこでローマ人は考えた。
「柱がダメなら、壁で支えればいいじゃない。」
ん、偶然にも「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」で有名なマリー・アントワネットみたいな口調になってしまった。 余談だが、アントワネットは「ケーキ」ではなくより庶民的な「ブリオッシュ」と言っていた説が一昔前の常識で、さらにアントワネットは一言もそんなこと言ってなかった(歴史的冤罪)とするのが現在の常識である。 フランス革命期に、王室を批判し民衆の怒りを煽るための政治的プロパガンダ(宣伝)として利用されたのが原因とされている。
こうして誕生したのが、厚い壁によってアーチを支える組積造であった。
ギリシャ建築は「柱」で支え、ローマ建築は「壁」で支えた。

この発想の転換によって、ローマ人はギリシャ建築では実現できなかった巨大な建築空間を次々と生み出すことに成功した。
このように、ローマ時代の建築家たちはギリシャ建築の欠点である架構方式を捨て、ローマ建築ではより理に適った組積造を発展させていったのである。
アーチ、ヴォールト、ドームとは
ここまで読めば、アーチ構造の考え方は理解できたはずだ。
さて、アーチは説明する必要も無いと思う一般用語だが一応説明しておこう。

アーチとはこのように「石の圧縮力」を利用した半円状の開口を指す。
ローマ建築を象徴する技術の一つであり、ギリシャ建築ではほとんど用いられなかった。
ローマ人はこの構造を徹底的に発展させ、橋や水道橋、闘技場など、あらゆる公共建築に応用していった。
【解説】ヴォールト
次はヴォールトである。
初めて聞く人も多いだろう。
英語のVaultを辞書で引くと、「アーチ形天井」と出てくる。
実はその意味の通りで、アーチ(二次元)をそのまま奥へ引き伸ばしたものがヴォールト(三次元)なのである。

つまり、トンネルのような半円筒形の天井を指す。



まあ難しく考えないで、半円筒状の天井(つまりトンネル)くらいのイメージで問題ない。
【解説】ドーム構造
最後はドームである。
これは説明しなくても、多くの人がイメージできるだろう。
半球状の巨大な屋根である。

ドームも結局はアーチ構造を立体的に発展させたものであり、石の圧縮力を巧みに利用して成立している。
ローマ人は、このアーチ・ヴォールト・ドームを自在に組み合わせることで、
など、それまでのギリシャ建築では考えられなかった巨大な内部空間を次々と実現することができたのである。
つまりローマ建築とは、「アーチを制した者が、建築を制した」。そんな時代の始まりだったのである。
ローマ建築の二大技術革新

ローマ建築が西洋建築史に革命をもたらした理由は、大きく分けて二つある。
- 組積造(そせきぞう)の採用
- コンクリートの発明
どちらも現代では当たり前のように思える技術だが、約2,000年前にこれを実現していたと考えると、とんでもないことである。
特にコンクリートに至っては、現代のコンクリートと大差がないほどのクオリティだったのである。
組積造の採用
前項でも紹介したように、ギリシャ人が用いていたのは架構式である。
つまり『柱を立て、その上に梁を架ける』という建築方法だった。

だがこの架構式は石造建築には向いていない。
そこでローマ人が発明したのが組石造であり、アーチである。

詳しい仕組みは前項で解説したので、わからなければ読み返して欲しい。
さて、ギリシャ建築では、巨大な石材を一つひとつ精密に加工し、接合材を使わずに積み上げる切石造が基本だった。

石材同士がぴったり密着するよう、職人が途方もない時間をかけて削り出していたのである。

当然、ものすごい手間がかかる。
しかしローマ人は、「そんなこと毎回やってられるか!!!」と考えた……かどうかは分からないが、もっと合理的な方法を採用した。
なんせ、ローマ帝国内に住む民衆たちのご機嫌を取るべく、どんどん公共施設を建設していかなければならないのに、わざわざ精緻な職人技が求められる方法を採用する理由は正直ない。
とりあえず適当な形と大きさの石やレンガをモルタルで接合しながらじゃんじゃん積んでいける組石造の方がはるかに実用的で経済的であった。
ギリシャ建築と違い、ある程度、雑に作業をしても誰も困らない。むしろ工期が短縮されるので褒められる案件である。

つまり、
ギリシャ建築は職人技(高級料亭)
ローマ建築はシステム化(マクドのバイト)
と言えばイメージしやすいだろう。
ヨーロッパでは石やレンガといったブロック状の材料が豊富だったため、「柱を並べる」より「壁を積み上げる」方が、はるかに合理的だったのである。
コンクリートの発明

ローマ人が残した、もう一つの偉大な発明がコンクリートである。
ローマやナポリ周辺では、ポゾラナと呼ばれる火山灰が採れ、古代ローマ人はこのポゾラナに石灰や水を混ぜることで、水と反応して固まる非常に丈夫な建材を生み出した。
それが、ローマン・コンクリートである。
実はこのコンクリート、基本的な性質は現代のコンクリートとほとんど変わらない。
約2,000年前の発明とは思えない完成度である。
このローマン・コンクリートは建築だけでなく、橋や港、水道橋などの土木工事でも絶大な力を発揮した。
そしてローマ人は、このコンクリートを組積造と組み合わせることで、従来では考えられなかった巨大な建築物を次々と造り上げていく。
まさに、組積造が「構造の革命」なら、コンクリートは「材料の革命」である。
この二つの技術革新こそが、ローマ建築を世界史に名を残す建築様式へと押し上げた最大の理由なのである。
ローマ建築の2つのオーダー

ギリシャ建築では、
- ドリス式
- イオニア式
- コリント式
という3つのオーダーを紹介した。
しかしローマ人は、ギリシャ人が発明したその3つでは満足しなかった。
「もう2種類くらい増やせるんじゃね?」
……そう思ったかどうかは分からないが、ローマ人は新たにトスカナ式とコンポジット式という2つのオーダーを生み出したのである。
正直なところ、「柱の種類が5つになったから何なん?」と思う人もいるだろう。
安心してほしい、わたしも最初はそう思った。いや、むしろ未だに「だからなに?」と冷ややかな目で見ている感すらある。
しかし、この5つのオーダーはルネサンス建築やバロック建築でも何度も登場するため、一度整理しておくと後々かなり楽になる。
トスカナ式オーダー
トスカナ式は、紀元前8世紀頃にイタリア中部で栄えたエトルリア人の建築に由来すると考えられている。
見た目はドリス式によく似ている。
ただし、大きな違いが二つある。
一つ目は、フルート(溝彫り)がないこと。

つまり、柱がツルツルである。
二つ目は、柱礎(ベース)があること。
ドリス式では柱が床の上に直接立っていたが、トスカナ式ではベースの上に柱が載る。
エンタブラチュアも基本的にはドリス式と同じ三層構成だが、全体的に装飾は控えめで、フリーズやコーニスを省略したものも見られる。

つまり、ドリス式をさらにシンプルにしたオーダーと覚えてしまえばよい。
コンポジット式オーダー
最後がコンポジット式である。
名前だけ聞くと難しそうだが、中身は意外と単純。
イオニア式とコリント式を合体させたオーダーである。
柱頭には、イオニア式の渦巻き(ヴォリュート)と、コリント式のアカンサスが組み合わされている。

説明は以上。
……終わり。
もちろん細かな違いはある。

例えば、コンポジット式の渦巻きはイオニア式よりも水平に大きく左右へ広がっている。
建築好きならその違いで見分ける。
わたしは現地で「たぶんコリント式……いや、コンポジット式か?」と悩むことが多い。
五つのオーダーが出そろう
こうして、西洋建築の基本となる5つのオーダーが完成した。
ギリシャ建築
- ドリス式
- イオニア式
- コリント式
ローマ建築
- トスカナ式
- コンポジット式
これでフルコンプリートである。
ただし、ローマ人は新しいオーダーを追加しただけではない。
ギリシャ時代から存在したオーダーにも改良を加え、全体的により装飾的なデザインへと発展させていった。
例えばドリス式は全体的に細身になり、溝彫りを省略したものが現れ、柱頭が小さくなったり、柱礎(ベース)が追加されたりした。
さらに、柱の下にペデスタル(柱台)を設けるようになったのもローマ建築の特徴である。

ギリシャ人が完成させたオーダーを、ローマ人はより豪華に、より実用的に進化させたのである。
オーダー適用のバリエーション

ここまで、
と、ローマ建築の基本を一通り学んできた。
しかし、建築は実物を見ないとイメージしにくい。
そこで最後は、ローマ建築を代表する3つの建築物を見ながら、実際にどのようにオーダーが使われているのかを確認していこう。
芸術の問題
先述したように、ローマ人が発明したのは壁-アーチ構造である。
これはギリシャ建築の柱-梁構造とは全く異なる構造であり、本来ならば新しい建築様式が生まれても不思議ではなかった。
ところが、これから紹介するローマ建築には、例外なくギリシャ建築の面影が残されている。
なぜだろうか。
その理由は、構造と建築美は別物だったからである。
ローマ人は壁-アーチ構造という革新的な技術を生み出した。しかし、それだけでは単なる構造物にすぎず、建築とは呼べなかった。
当時の建築には、ギリシャ人が完成させたオーダーという絶対的な美のルールが存在していたからである。
またローマ人は、壁-アーチ構造にふさわしい新たな美学を一から築こうとはしなかった。
著者はその理由について、ギリシャ人が創造したオーダーの美学があまりにも完璧で、それに代わる美学を創造しようなどとは考えなかったからだろうと推測している。
つまり、ローマ人にとってオーダーとは、古代建築を支配する絶対的な美の規範だったのである。
そこで彼らは一つの答えを導き出した。
壁-アーチ構造は美しくもなんともないが、絶対的な美であるギリシャ建築のオーダーを外装として貼り付けたら、少なくとも単体よりは美しく見えるんじゃね?
こうして、壁-アーチ構造の表面にギリシャ建築のオーダーをまとわせるという、ローマ建築独自のスタイルが誕生したのである。
パンテオン
まずはローマ建築最高傑作の一つ、パンテオンである。

ローマ皇帝ハドリアヌスの建立によるパンテオン(AD118年~135年)は、厚さ6mの円筒形の壁が直径43.2mのドームを支える壮大な円形神殿である。
一見すると、「ギリシャ神殿じゃない?」と思う人も多いだろう。
正面にはコリント式オーダーが並び、まさにギリシャ建築そのものに見える。
だがよく見ると、ローマ人が発明した「ドーム屋根の建物」の表面にギリシャ人たちが究めた「柱=梁構造」の美学原理であるオーダーを、そっくりそのまま外装として貼り付けていることがわかる。

しかし、一歩中へ入ると巨大なドーム空間が広がり、「これはローマ建築だ」と実感することになる。
オーダーは構造から装飾へ
復習になるが、ギリシャ建築ではオーダー(柱+エンタブラチュア)が建物そのものを支えていた。

しかしパンテオンでは、建物を支えているのはあくまでコンクリートの壁。

つまり、本来はオーダーなどなくても何も困らないのである。
柱はもう建物を支えていない。
だが前述したように、オーダーは美の規範そのものなのでどこかには使いたい。
こうして、ローマ建築でのオーダーは、
という役割へ変わっていったのである。

ちなみにパンテオン正面にはコリント式オーダーが貼り付けられている。
独立円柱
まず、堂内には何も支持していない(荷重を受け持たない)独立円柱がある。

この円柱も構造上は全く意味がないが、ギリシャ建築のオーダーを貼り付けた例である。
完全に装飾。
ピラスター
よく見ると円柱の他に壁と同化した角柱のコリント式オーダーっぽいものがある。
あれはピラスター(壁付きの平たい柱)と呼ばれている。

円柱ではなく角柱のコリント式の柱を指す。

ペディメント
ギリシャ建築編でも出てきた用語だが、改めて説明しておこう。
ペディメントとは、神殿の上に載ってるでっかい三角形のこと。

この黄色点滅の部分のことである。

これがパンテオンの中にも数多く使われている。

こっちにもあっちにも!!

こんなとこにも、あんなとこにもペディメントが。

アーチ+オーダー
エディキュラ(Aedicula)
エディキュラとは、神像を納めるために壁面へ設けられた、小さな神殿状の装飾である。

この仁王像みたいなのが立っている部分をエディキュラと呼ぶ。

「エディキュラ」はただの神棚ではなく、神殿正面を小型・簡略化したモチーフをしており、二本の円柱と三角形または弓形のペディメントで構成されている。

上から「ミニペディメント」「ミニエンタブラチュア」「ミニコリント式円柱」が並んで、完全にミニ神殿が出来上がっている。

これも構造的には全くの無意味だが、ギリシャ建築まぢリスペクト案件である。
エンタブラチュア
ギリシャ建築編でも解説したが、エンタブラチュアとは円柱を支持する水平帯を指す。
エンタブラチュアはペディメントを支える重要な構造物で、これがパンテオン内部にも存在する。

ここにもギリシャ神殿の意匠が使われている。
格天井
パンテオンの中から天井を見上げてみると、そこには格天井(ごうてんじょう)が広がっている。
格天井とはドーム内部の表面のくぼみのこと。

格天井の役割は
で、わたし個人の感想だが格天井はめちゃくちゃカッコいい!!

眼窓(オクルス)
格天井とともに、一際目を引くのが天井に空いた窓(眼窓)である。

この窓は直径約9mで、この窓から差し込む光の円が時間の経過とともに壁面を移動するのがなんとも美しい。
ちなみにこの窓にはガラスがはめられていないので、雨の日はパンテオン内部に雨が降り注ぐ。が、もちろん床には水抜き用の小さな排水穴があるのでドボドボの水浸しになることはない。
さて、このようにパンテオンにはギリシャ建築の意匠が数多く用いられていることがわかった。
次にコロッセオを見てみよう。
コロッセオ
ローマ建築を代表する建築物といえば、やはりコロッセオである。

西暦80年頃に完成したこの円形闘技場は、約5万人を収容できたとされ、剣闘士の試合や猛獣との戦いなど、ローマ市民の娯楽の中心として利用された。
しかし、建築史という視点で見ると、コロッセオの本当の見どころはその巨大さではない。
「ローマ建築がギリシャ建築をどのように受け継ぎ、発展させたか」が、一目でわかる建築なのである。
ギリシャ建築編のオーダーの解説の際にも書いたが、コロッセオは四階建てで一階から順に「ドリス式オーダー」、「イオニア式オーダー」、「コリント式オーダー」、「コリント式ピラスター」という構成になっている。
ただ独立円柱ではなく、壁に半分埋まっている半円柱という事に注意。
四層構成の外壁
コロッセオの構造そのものは、何層にも重なるアーチによって支えられている。

つまり建物を支えている主役は、ギリシャ建築のような「柱と梁」ではなく、ローマ人が得意としたアーチ構造である。
ところが、そのアーチで構成された壁面には、ギリシャ建築から受け継いだオーダーが装飾として貼り付けられている。
具体的には、
1階:ドリス式オーダー
2階:イオニア式オーダー
3階:コリント式オーダー
4階:コリント式のピラスター(付け柱)
という構成になっている。

一階は最も簡素で力強いドリス式。
二階になると、渦巻き装飾をもつイオニア式となり、建物に軽やかな印象が加わる。
三階では、アカンサスの葉で装飾された華やかなコリント式が採用され、上層ほど装飾性が高まっていく。
そして最上階では、独立した円柱ではなく、壁面からわずかに突き出したピラスター(付け柱)が用いられている。
つまりコロッセオは、下から上へ向かって徐々に軽快で優雅なデザインへ変化するよう計画されているのである。
1階のドリス式オーダーに関して、表面の凸凹が確認できないので「ドリス式じゃなくてトスカナ式では?」とも思うが、少なくとも本書「西洋建築の歴史」にはドリス式と書いてある。
ここで重要なのは、これらのオーダーは建物を支えていないという点である。
ギリシャ建築では柱そのものが屋根を支える重要な構造部材だった。しかしコロッセオでは、建物を支えているのはあくまで壁とアーチであり、オーダーはその前面に貼り付けられた装飾にすぎない。
なぜギリシャ建築のオーダーを貼り付けたのか?
繰り返しになるが、この時代はギリシャ建築が残したオーダーこそが絶対的な美の規範であり、オーダーを外装に貼り付けるだけで「美しい建築」として認識された。実際には構造を支えているのはアーチとピアであるにもかかわらず、その前面に円柱とエンタブラチュアを配置することで、見る者にはあたかもギリシャ神殿のような端正な外観を与えることができたのである。
ピアとアーチ
ピアとは、アーチを支えている直方体の脚のことである。

コロッセオの例で言えば、アーチを支えているこの直方体の脚を指す。

アーチを支えているのは半円柱ではなくあくまでピアなので、この半円柱も構造上は全く必要のない装飾ということになる。
アーケード
ここでまた新たなキーワード、アーケードについて説明する。
アーケードとは、背後を通廊としたアーチの連続開口のことでコロッセオには数えきれないくらい存在している。

この歯抜けのように開いている開口部、全てアーケードである。
四階は通路がないのでアーケードとは呼ばず、単に窓が開いているだけであることに注意。
設計の複雑さ
では、コロッセオがいかに複雑な建築物であるかの説明も軽くしておこう。
前回の記事でも書いたが、古代ギリシャの哲学者ピタゴラスが「万物の根源は数である」と言ったように、ギリシャ建築の最大のテーマは「比例を基とした調和」であった。
要するに、「美しく見える建物は、数学的にも調和している」ということである。

ギリシャ人は、長さの基準単位としてモドゥルス(柱身の底部の直径が1モドゥルス)を用い、細部と細部、細部と部分、部分と部分、部分と全体を比例によって連鎖的に繋げていた。
パッと見では「なんとなく配置されている」ように見える柱やエンタブラチュアも、実際は
- 柱身と径の高さ
- 柱礎の幅と高さ
- 柱頭の大きさ
- それらを含めた円柱の全高
- アーキトレーヴとフリーズの高さ
- トリグリフとメトープの幅
- コーニスの高さと出
- それらを含むエンタブラチュアの全高などなど
これら建物各部の寸法全てがモドゥルスの整数倍あるいは分数倍として定められている。
(話をコロッセオに戻すが)コロッセオではアーチを支えるピアの間隔は、外壁の周囲を80等分して決められている。
80という数字は4と10の倍数であり、設計上扱いやすい割り切りの良い整数だから。
コロッセオの設計では、一つの寸法を変更すると、その影響が建物全体へ連鎖的に及ぶ。
例えば、ピア(アーチを支える太い柱)の間隔を変えれば、外壁の一周の長さが変わり、建物全体の規模まで見直さなければならない。
一方、アーケードの高さを変える場合も簡単ではない。そもそも、アーケードの高さも観客席の勾配などとも関連しているし、外壁にはオーダー(柱と梁のデザイン)が貼り付けられているため、アーチの高さを変更すると、その上に載るエンタブラチュアの高さや、それを支える柱の高さも変更する必要がある。
さらに古典建築では、柱頭・柱身・柱礎などすべての部材が厳密な比例法則によって決められているため、柱の高さが変わればオーダー全体の寸法も修正しなければならない。そして、柱の間隔を修正すれば、それに対応するピアの間隔も変わり、結果として建物全体の大きさまで影響を受ける。
つまり、コロッセオの設計は、一つの数値を変えるだけで建物全体の設計をやり直さなければならないほど、すべてが密接につながっていたのである。
だからこそ、設計段階では膨大な計算と調整が何度も繰り返された。そして一度工事が始まれば、「あちゃー、計算ミス!!ここの寸法ちょっと変えよう」といった現場判断は許されない。仮に一ヶ所でも寸法を変更すれば、それまで積み上げてきた比例関係が崩れ、関係する部分をすべて作り直さなければならなくなる。
コロッセオは、巨大な建築物であると同時に、古典建築の比例法則を寸分の狂いなく実現しなければならない、極めて難易度の高い鬼プロジェクトだったのである。
上記に加えて、コロッセオの平面は単純な円形ではなく楕円形である。そのため、たとえオーダーのような厳密な比例体系が存在しなかったとしても、建物全体の形状を決定するだけで極めて高度な設計が必要だった。
コロッセオ荒廃の理由

西暦80年に建設されたコロッセオ、2026年現在で既に造られてから1946年の月日が経っている。
だが現在は当時の姿とは大きく異なり、かなり荒廃しているようにも見える。

厳しい自然環境の中で荒廃していくのは当然じゃん?
と思った方、実は違う。
きわめて堅牢に造られたコロッセオが今のように荒廃したのは、ある一つの理由がある。
それがルネサンス期の人々による解体、である。
15世紀にローマ建築をお手本として編み出された「ルネサンス建築」だったが、当時の人々は新たな教会を建てるためにコロッセオから大理石やトラバーチン(大理石の一種)、石などを切り出してしまったのだ。
コロッセオだけでなくパンテオンもそうで、元はもっと豪華な作りだったのである。
逆に言えば古代ローマ時代から1,000年以上経ったルネサンス時代でも建築材料として使えるほどしっかりした建造物だったことがわかる。
凱旋門
そして最後に、イタリアの首都ローマにある315年に建てられた古代ローマ時代の凱旋門を紹介する。
「凱旋門=パリ」と思っている人も多いが(←少し前の筆者)、パリにある凱旋門のモデルになったオリジナルがローマにある凱旋門である。パリの方はナポレオンの戦勝記念碑として1836年に建造が完了しているので、時代が1500年も違う。

凱旋門は実用的な建築物では無いので、形態は純粋に美的な観点から決定されており、アーチとオーダーとの関係がより明瞭に表れている(らしい)。
コリント式円柱
まず、凱旋門の分厚い壁体にはコリント式オーダーが貼り付けられている。

ローマ人はとにかく装飾性の高いコリント式円柱が大好きである。
ペデスタル(柱台)

オーダーはまたもコリント式オーダーがそっくりそのまま貼り付けられているが、通常と違う点としてペデスタル(柱台)が使われている。
ペデスタル(柱台)とは、柱の下に設けられる背の高い基壇のことである。
もはやギリシャ建築の「柱礎」とは全くの別物である。

この柱台は、オーダーの比例を変えることなくエンタブラチュアの高さを調整できるので、以降の古典系建築において大いに用いられた。
アティック(上屋)
アティック(上屋)とは屋根裏部屋のことで、エンタブラチュアの上に設けられた壁状の部分を指す。

もともと構造的な役割はほとんどなく、凱旋門では戦勝を記念する碑文を刻むためのスペースとして利用された。
しかし、それだけではない。
アティックは記念碑としての存在感を高めるだけでなく、展望台として利用される例もある。
例えば、パリの凱旋門ではアティック(屋上)に上ることができ、そこからシャンゼリゼ通りエッフェル塔、パリの街並みを一望できる。

わたしもパリ滞在中、親友とともに凱旋門のアティックから夜景を眺めたことがある。もちろん素晴らしい景色だったが、あまりにもロマンチックな雰囲気に「これは完全に来る相手を間違えた」と悟った。
男二人であんな美しい夜景を見たところで、「すごいな」「おう」という謎の会話が生まれただけだった。
また、アティックが加わることで建物全体に高さが生まれ、重厚で威厳のある外観が完成するのである。
要石(かなめいし)
要石(かなめいし)とは、アーチの最上部に取り付けられた石のことで、全体を固定する役目を持っている。

この石が入ることでアーチ全体が互いに押し合い、構造が安定する。
ローマ建築では構造上重要な役割を果たすだけでなく、外観を引き締める装飾的なアクセントとしても用いられた。
さて!
ここまで学んだ知識を踏まえて凱旋門を見ると、ローマ建築の特徴がよく分かる。

この凱旋門は、中央に大きなアーチ、その両脇に一回り小さなアーチを設けた厚い壁体に、コリント式オーダーを貼り付けた構成となっている。
また、中央アーチの要石はエンタブラチュアの下端にぴったり接し、両側のアーチでは要石が中央アーチの迫元(アーチとピアの接点)の下端に揃うよう設計されている。
このように細部の寸法まで厳密に調整することで、全体に均整の取れた美しいプロポーションが生み出されているのである。
おわりに
これでローマ建築の解説は終了だ。
ギリシャ建築から受け継いだオーダーは、ローマ建築では構造から装飾へと役割を変え、アーチやヴォールト、ドームといった新たな構造技術と融合することで、これまでにない壮大な建築空間を実現した。
本記事では、エンタブラチュア、エディキュラ、ピラスター、ヴォールトなど多くの専門用語が登場した。しかし、それぞれの役割さえ理解してしまえば、古典建築は驚くほど分かりやすく見えてくる。
これらの用語は、この後に登場する初期キリスト教建築やロマネスク建築、ゴシック建築、ルネサンス建築などでも繰り返し登場する。ぜひ本記事を土台として、西洋建築の歴史をさらに楽しんでいただきたい。
それでは次回は、ローマ帝国の公認宗教となったキリスト教が生み出した、新たな建築様式「初期キリスト教建築」を解説していく。
では次は初期キリスト教建築編でお会いしよう。


